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□Silly Love Songs
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【Silly Love Songs】




あの日から決めてたんだ。
愛の歌は歌わない、って。



世界を見回して、そこら中に溢れる『愛』とやらを称える歌に耳をすまして。
口ずさんで『ああ……こんな恋をしてみたい』なんて唇だけで笑ってみる。
『愛』ならあたしにだってわかる。
大事な姫君や父さんに対するこの感情は確かに愛なんだろうし。
愛想のないルームメイトに対するこれも……まあ、愛?
とりあえずこれらは『愛』であって『恋』じゃない。
『恋』と名の付く『愛』なら………あたしは称える歌はご遠慮させていただきたい。




−付き合って

そう言われて奪取……じゃなくてダッシュで逃げなかったのは我ながら褒めるべきところ。
走って逃げたら逃げたで呆れた顔されるだけの話なんだけどね。

「どうせ暇でしょ?」
「うわー、その言いぐさ。あたしだって予定ってものがあります」
「放課後の予定は?」
「部屋に戻ってベイウォッチの再放送観る」
「暇なのね」
「あれ?ツッコミなし?」
「どこに?」
「……………………」

まあ、わかって律儀に『ネタが古い』とか『マニアックだ』とかツッコミが来てもイヤだけど。
うん……、そんな染谷イヤすぎる!!

「で、何に付き合えと?」





「ねーねー、これ何?これ何?」
「触らないの」
「げっ!なんか変な匂いする!」
「だから、触らないの」
「ねー、こっちは……」
「触らない!!!」
「………はぁーい」

中に入れてもらえたのは数える程しかないから。
窓の外から中を見るのでは無く、中から窓の外を眺めるのは不思議な感じがする。
それに………。

「部活って誰もいないじゃん」

美術部の部室の中は上条さんはもちろん部活のメンバーは誰もいない。
必要以上にはしゃいで染谷に怒られるはめになったのはたぶん動揺したせい。
いやん、だって二人きりだよ!!

「私が自主的にしてることだから」

モデルになれ、との染谷の要求に首をかしげて。
暇を持て余してそうだから、と言う言葉に異議を唱えながらも同意した。

「で、どこで脱ぐの?」
「何でヌードになろうとするのよ」
「違うの?」
「違うから脱がないで!!」

叫ぶように言うからしぶしぶ脱ぎかけた服を着直す。
なんだー、モデルって言うからヌードかと思った。

「そこに座って」

指さすソファーに大人しく座って、少し離れた椅子に腰掛ける染谷を眺める。
あーあー、機嫌悪そうな顔。
おふざけが過ぎた?
なんて、そんなのわかってんだけど。
だけど、何を話せって言うのあたしと染谷で。
まあ、自分自身に問いたいのはこれだけど。
何でなんでもいいから理由つけて逃げなかったんだ?って。

「ポーズはー?」
「好きにしてていいわよ」

スケッチブックを開いて、澄んだ瞳がまっすぐにあたしを見つめる。
…変なの。
しっかりと染谷の目はあたしを見てるのに見てない。

「…………暇」

口の中で呟いて、染谷の瞳を追いかける。
うっとうしそうに眉がピクッって動くからあたしの視線は邪魔らしい。

「ねーねー、染谷ー」
「………………」
「暇、なんか喋ってよ」
「少しでいいから静かに出来ないの?あなたは」
「静かなモデル希望ならそれこそ夕歩にでも頼めば良かったのに。って、うわーその天使画欲しい!!」

うちの姫さま、マジに天使。マジにキュート!

「夕歩、ルームメイトと何かしてたから」
「そっか、じゃあ邪魔出来ないね」

仲が良いのは美しきこと。
美しき『愛』を二人で育ててください。
て、また出てきたよ。
………あたしには歌えない。
あたしに愛の歌は歌えない。
まだ子供だったあの日、空に向かって父さんは怒ってた。
壊れた心を必死に元通りにしようとしてた。
だから、あたしはその日に誓ったんだよ。

−愛の歌は歌わない、って

失うなら最初から無い方がいいに決まってる。

「それに……」

…今度は染谷の瞳はちゃんとあたしを見てた。
いつもの澄んだ瞳でまっすぐにあたしの顔を見てる。
なんだろ、このいやぁーな感じ。
指先がぞわぞわする。

「あなたが良かったの」

ああ…………。
やっぱり、あたしはあそこでダッシュで逃げ出して部屋でベイウォッチでも見てるべきだったんだ。

  
  
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