【1】

□Jump Then Fall
1ページ/1ページ



【Jump Then Fall】




週末の蟹座は恋愛運サイコー!王子様が現れるかも!
ラッキーアイテムはダークグレーのTシャツ



……王子様なのにTシャツ?
最初に思ったのはそれ。
耳に入ってきたそれはたまたま自分の星座だったのか?
それとも自分の星座だから耳に入ってきたのか?
目を開ければテレビの画面とその前をパタパタと走り回る姿。
もちろんそれは比喩でこの部屋は走り回るには狭すぎる。

「……恵ちゃん?」
「あ、ごめんね、ゆーほ。起こしちゃった?」
「……どこか行くの?」

休日の朝なのに恵ちゃんはもうパジャマを脱いでしまっている。
ぼんやりとした思考を整理して、そう言えばベッドに入る前に明日は実家に帰る、と言っていたのを思い出す。

「うん、実家に。急がないと…!」

時計を持った白ウサギみたいに走り回るとボサボサの頭のまま鞄を掴みドアノブを掴む。

「恵ちゃん」

ベッドを抜け出して、ドアの前まで慌てて駆け寄る。

「ごめんね、今夜一人にするけど…」
「大丈夫。……こっちこそごめんね」

忙しなく時計を確認して、それでも私が服の裾を掴んでいるから白ウサギは逃げない。

「なにが?」
「寝坊させちゃったみたいだから」
「ぅ………」

白ウサギが赤くなると言う不思議な現象を目の当たりにして、とどめとばかりにその頬に唇を押し付ける。

「行ってらっしゃい」
「い、いってきます」

名残惜しむように頬に触れて、白ウサギは部屋を飛び出して行った。
ベッドに戻りもう一度深くシーツに潜り込みながらふと思った。
……恵ちゃんの着てたのはダークグレーのTシャツだった?







「………ほ」

性懲りもなく、昨夜の夢を見てた。
あの行為の名前は解らなくても、意味は解る。

「……うほ」

いけない事をしているという罪悪感とそれに勝る興奮と快感。

「夕歩」

たどだとしく触れてくる手の感触はまだ消えてない。

「……………なに?」

反射的に返事をして目を細く開けるとチェシャ猫がいた。
不思議なことにニヤニヤしていないチェシャ猫に首をかしげて、もう一度シーツをかぶりなおす。
光が眩しくて、体がだるくて、眠たくて仕方ない。

「どうしたの?どっか具合悪いの?」

慌てたような声が追いかけてくるから仕方なく体を起こす。
いつものニヤニヤ笑いのないチェシャ猫……順の顔を瞬きを繰り返して見つめる。

「…どこも悪くないし」
「じゃあ、なんでまだ寝てんの?もう昼過ぎだよ」

時計を見てそれが本当のことだと確認する。
今度は順を見て……Tシャツがグレーなのに安心する。
良かった、セーフ。

「昨日、恵ちゃんと夜更かししちゃったから。ただ眠いだけだから」

心配そうな顔がうざくてぐいっと押し返す。

「ふーん、ならいいけど。珍しいね、あたしと綾那ならいざ知らず夕歩と増田ちゃんでそんなのって」

……恵ちゃんは水色のTシャツだった。
目を擦りながら思い返す。
じゃあ、私の王子様はどこ?

「寝ててもいいけどちゃんと食事くらいは食べてよ」
「……わかってる」

答えたのにいつの間にかニヤニヤ笑いだけ残して順は消えていた。
……何時、部屋を出たの?
思い返そうとする前に私は再び夢の中へと落ちていった。






−……帽子屋かな?
−帽子もかぶってないのに?
−じゃあ、ビル?
−トカゲは嫌だ
−じゃあ……


目を開けたら薄闇の中に人がいた。
頭には帽子の代わりにナイフが一本。

「……綾那?」

振り返ってこっちを見つめる人の頭にナイフは無い。

「もう夜だけど」

苦々しく笑う声を聞いて。
覗き込んでくる顔を引き寄せた。

「……順がご飯も食べずに寝てるって心配してた」

引き寄せた腕から逃げると袋を手渡すから受けとる。

「食べて」

黙々とベッドから出ることもなく綾那から受けとったサンドイッチを咀嚼して飲み込む。
まるで誰かから隠れてるみたいに明かりを付けることもせず、綾那は私を見つめてる。

「……今夜、恵ちゃんいないよ」
「知ってる」

食べ終わったのを確認して、綾那の指先が唇をなぞる。


−じゃあ……ハートの王様
−……何で?
−自分の頭にナイフでも刺してやりたい


そう言って私の頬に触れながら自嘲気味に綾那は笑ってた。
何時もは言葉が少ないのに。
その時は珍しく饒舌だった。
何時もは唇は喋る代わりに別のことをしてるから。
………綾那のシャツは何色?
確かめようとしたのに薄闇の中、何色か判別できなくて。
よく見ようと目を細めると無造作に脱ぎ捨ててしまうから、綾那のTシャツの色は解らないまま。

「……だから、来た」

行為の名前は解らなくても意味は解る。
………解っているはず。
いけない事をしているという罪悪感は興奮と快感を増幅させる。
暗闇の中だから、強く目を瞑ってしまったから、もう綾那のシャツの色は確認出来ない。
だけど、きっとダークグレーでは無い。
……そう何故か確信していた。







……私が飛び込んだ穴の先にきっと王子様はいない





END
(11/10/01)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ