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□Smile
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【Smile】




そんな気になれなかった、とか。
そう出来なかった、とか。
きっとそれは後から付けた言い訳で。
たぶん、私はそうする事を忘れていただけだと思う。


治りかけの傷のむず痒いような不快感と不意にくる鈍い痛み。
巻かれた包帯を外し他人にさらせば、少しはすっきりする?
傷が見たくて一度外して自分でまき直したことがあるけど、ナース隊のキャプテンに汚い手で傷に触るなと怒られてからは(『傷が化膿してホラー映画みたいな顔になりたいならどーぞ』と言われた)やっていない。
今更そんな事で怒られても、素人が見ても残る傷だということくらいはわかる。
(ホラー映画と言われる程、ひどい傷だとはさすがに思いたくない)



「スマーイル」

周囲の腫れ物に触れるみたいな対応にもうんざりしてたし。
あの人のへこみようにもうんざりして。
………だから人の顔を見るなり一言、馬鹿っぽい台詞を放った友人に苛ついたのは私のせいではないはず。

「……何?」
「染谷はキュートなのに、今はキュートじゃない。なので提案『スマイル』」
「喧嘩を売るより先にまずは怪我の具合でも心配するのが先じゃないの?」

言い捨てて立ち去ろうとするのに、そうはさせてくれなかった。
左腕を握られて、見えないことのリスクを実感する。

「痛むの?」
「誰かが言うみたいに笑うと筋肉が引っ張られて痛いの」

本当は治りかけの傷は頬の筋肉を動かしたくらいじゃ痛まなかったけど。
そう言えば大人しくこの友人が退散するだろうと思って。

「マジ?」
「ちょっ!何するのよ?」
「あ、大丈夫。あたし、器用だから包帯くらい綺麗にまき直せる」

『器用』を証明するかのようにスルスルと包帯をほどくから逃げようとして……にやけた口元とは違って目が笑ってないのに気付いてそのままにする。

「………痛そ」

小さく小さく呟かれた声は目を閉じたまま聞いた。
今は傷よりもぼやけた左目に光が痛い。

「けど、治りかけじゃん。笑うくらい出来んでしょ?」
「あなたくらいよ。わざわざ包帯外してまで確認するの」

もう一度、ガーゼで傷を押さえられて包帯が巻き直されていく。
手伝うために順の手の上からガーゼを押さえて、そう言えば治療以外で人に傷を見せるのは初めてだと気付く。
綾那ですらあの時以降、この傷は見てない。

「何か言うことは?」
「セクシーな女海賊みたい。目指せペネロペ」
「……無神経にも程があるわね」

呆れてため息をつきながらも下手に同情されるよりもよっぽどマシだ、と。
悲しそうにされるよりもよっぽどマシだ、と。

「ん、染谷ちょっと笑った」
「あまりの友人の無神経さに笑いしか出なかったの」
「いい兆候なんじゃないの?」

手が伸びてきて包帯を整えるように傷の上に触れてくる。
にやにやとにやけている口元を睨み付けて、だけど今度はその目を見れない。

「そんな顔しないでよ。あたし、あんたの泣きそうな顔見ると笑いそうになる」

そう言いながら唇だけで笑うから。

「ひどい言われようね」

瞳は笑ってないと見なくても察しが付いたから。

「……だから、笑ってなよ」

順なりに励ましてくれているんだ、とそこで気付いた。
遠回しでわかりにくい気遣い。
消えない傷と向き合うのには努力が必要だった。
傷は見た目よりもずっと深いこともある。
時が経てば傷は新しい組織でおおわれて痛みも和らぐはず。
……だけど、体の痛みは和らいでも心までは追いつかない。

「……そうね」

意識して頬をあげてみて、こんな風にするんだったと思い出した。
忘れていた事を思い出した。

「誰かに笑われるのは面白くないし」

包帯の上から傷に触れて、笑いながらそう言った。

「……おー、やっぱり」

目を細めて顔いっぱいに笑う顔を見つめ返す。

「何?」
「あんたは笑ってる方が可愛い」

その言葉にまた笑って笑って……こう答えた。

「ありがとう」

忘れていた事を気付かさせてくれたから。
私の前で笑っててくれるから。
傷を見つめながら笑ってくれるから。

「…どういたしまして」

不意に痛んだのはなぜか顔の傷じゃなくて、胸のずっとずっと奥の方。
何の痛みなのか……今はまだわからない。






END
(11/10/01)

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