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□turn the tables(reprise)
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【turn the tables(reprise)】



今はあんたの指先一つに翻弄される。
……たまに息すら出来ないくらいにね。







ドアを開ければ愛しの彼女。

「どしたの?」
「一緒に食べない?」

ガサリ、と差し出したのはコンビニの袋。
中を覗けば前にあたしが買って行ったのと同じロールケーキ。

「どしたの?」

もう一度、同じ質問をしながら部屋に彼女を入れるといつもは腰が重いルームメイトがそそくさと立ち上がり部屋を出て行こうとする。
うーむ、うちの彼女やっぱ強いな…。

「…綾那」
「はい!」

………強すぎる。
なぜか無意味に気をつけな綾那も綾那だけど。

「あなたの分もあるから」

袋から出して手渡されたそれを見つめて複雑な表情の無道さん。
うん、うちの彼女やっぱサイコー。
複雑な顔のまま、部屋を出て行く綾那を笑いを堪えながら見送って。

「コーヒー?紅茶?」
「紅茶」
「濃いのがいい?薄めがいい?ストレート?レモン入れる?それともミルク?砂糖はどのくらい?あ、チャイとかハーブティーもありますけど?カップはあたしの使う?綾那の?それともアイスティー?」

予想通りにぴくり、と上がる眉を見つめて。
その下の不機嫌そうな瞳を見つめる。
何時でも澄んだ瞳にはその色が似合う、なんてね。

「馬鹿にするなら帰るわよ」
「濃いめのストレートティーですね、かしこまりました」

分かってるなら聞かないで、って。
その音が気持ちよくて。
冷たいその声が好きで。
馬鹿ばかり言うあたしは……ただのドM?
テーブルに並んだチョコとプレーンのロールケーキを眺めて。
紅茶の入ったカップ(結局あたしの。あたしは綾那のカップを借りた)をテーブルに置くと見つめてくるマイハニー。

「どうしたの?」
「…覚えてる?」

聞かれてから……ああ、やっぱり覚えてたか、って苦笑いが浮かんだ。
あんな些細なこと覚えてないだろうと思ってたから。

「覚えてるよ。前はあたしが買って行った」

プラスチックのスプーンをくわえて、さくさと袋を開けて一口。
目をあわさないよう、ロールケーキを見つめたまま。
そしてチクチクと横顔に刺さる彼女の視線。
…あの、味が分からなくなるんで止めてくれませんかね?

「……白状して」
「う………」

『何が?』って誤魔化しても良かったけど。
分かってて聞いてんのが分かってるんだから、誤魔化しても仕方ないと腹をくくる。

「はい、そうですよ。あれ、あんたと食べたくて買ったんです」

何でかあの時、頭に浮かんだのは夕歩でも綾那でも無くて染谷だった。
一緒におやつを食べるだけなのに、なぜか素直にそう誘えなかった。

−夕歩に断れたから

なんて口実、後で夕歩に聞かれてしまえばすぐにバレるのにね。

「夕歩に聞いたの?」
「夕歩?」
「バレた理由」
「…ああ、違うわよ」

うーむ、レシート……っすか?
そこから推理するあたりうちの彼女やっぱ凄い。
美味しそうに食べてる染谷の横顔を見つめて。
……あの時はこんなに機嫌良さそうに食べてなかったのにな、とか。
見つめられてるのに気付いて、微笑んでなんてくれなかったのに、とか。
あたしはたぶんそのくらいの染谷で丁度良かった。
………って、またドM発言だね、コレ。

「美味しい?」
「うん、美味い」

『愛してる』と示されるのは怖い。
だけど、同じくらいに『愛してない』と言われるのも怖い。
あんたはあたしに全てをくれるって言った。
……あたしがあんたにあげれるモンなんて何も無いのに。

「…そのわりには浮かない顔ね」

頬に触れる手が温かくて。
澄んだ瞳が心配そうな色に曇るから。
冷たくて優しい声が優しさだけを帯びるから。
…………なぜか苦しい。

「キュートなハニーとスイートなデートにハッピーすぎて苦しいんです」
「馬鹿っぽいわよ、それ」

首を少しだけかしげて顔を近づければ心得たように瞳を閉じてくれるから。
柔らかい唇の感触はあたしだけのモノ。
染谷がくれたモノ。

「……染谷の唇の方が甘いです」
「…馬鹿」

追いかけ回されて。
逃げて逃げて逃げて逃げ続けて、結局捕まって。
……あたし、ほんとは逃げ延びれたんじゃないかな?
捕まれば幸せになれるかも…、って逃げるのを止めてしまったんじゃないのかな?
ほんとは追いかけられてる時の方が幸せだったのかも知れないのに。

「染谷さん染谷さん」
「相変わらずね…」

名前を呼べば笑ってくれるから。
あんたはたぶん『捕まえた』ってそこで足を止めてしまってる。
そこで立ち止まっちゃダメだよ。

「あたし、あんたのことがほんとに好きです」
「知ってるわよ」

テーブルを回して形勢逆転。
……今度はあたしが追いかける番。
心から愛しくて恋しい彼女はたぶんすぐにあたしの手の届かない所に行ってしまうから。
あたしに合わせて立ち止まってなくていいよ、すぐに追いかけるから。
あんたの背中を追いかけ続けますから。
だから………捨てないでよ。

「私も………」

わざと塞いだ言葉はたぶん自分の欲しい言葉なのに。
同じくらいに……いや、それ以上に聞くのが怖い言葉。
『愛してる』って示されると怖くなる。
だって、どうせ最後には捨てるのに。
それなら最初から追いかけないで欲しかった。

「……好きだよ、染谷。大好き」

あんたに翻弄されて今じゃ息すら上手に出来ない。
傷付けられないように置いていた距離は今はゼロだから。
もう一度、新しい距離を作ってよ。

















……ほんとは同じ場所にいたいんだよ





END
(11/12/02)

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