【2】

□Everytime I listen to "Somebody to love"
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【Everytime I listen to "Somebody to love"】





それを目撃したのはただの偶然だったんだけど。








「はい、あーん」
「……………何ですか?」
「チョコレート、嫌い?」
「嫌いとか好きじゃなくて、なんで貴方に食べさせてもらわなきゃいけないんですか?」
「この間、出した血の補充を手伝ってあげようと思って」
「チョコで血液増えるなんて聞いたことないですよ」
「でも、食べ過ぎたら鼻血出すって……」
「いや、また鼻血出させてどうするんですか?」

食堂のテーブル。
前の席に座った後輩にチョコレートを差し出して。
この子の食事の時間は他の人とずれてるのか周囲に他の生徒は少ない。

「どうぞ」
「いや、ご飯食べてる途中なんですけど。それにご飯食べないなら貴方は何でここにいるんです?」

もぐもぐと食事は続けたまま、質問されるからあえて聞こえなかったふりをして。
白いご飯を口に入れて、おかずの魚を食べようと口を開けるからそこを狙う。

「…入った!」
「……………先輩からの嫌がらせは何処に訴えればいいんですかね?」

口の中のご飯とチョコレートを咀嚼して、急いで味噌汁で流し込む顰めっ面を見つめる。
ぼさぼさの頭を見て。
眼鏡ごしの焦点の合わない瞳を見て。
綺麗な鼻筋と唇を見つめる。

「……何ですか?」
「あ、静馬さん」
「!!!」

背中を向けてる入り口を指さして言えば慌てて振り返るから、見られない隙に笑っておく。
……なんて、からかいがいのある。

「……いないじゃないですか」
「静馬さんがいたら何か不都合でも?」

じっとりと睨まれて、だけど何も言わずに唇は味噌汁椀に付けられる。
相手をしない方が得策と思ったのかこっちは見ずに黙々と食事を食べ始めるから、そのつむじを見つめる。
……あれを目撃したのは偶然だったんだけど。
見覚えのある後輩たちの修羅場にさすがに驚いた。
こっそりと隠れたまま、見つめて。
だけど、途中からはつい笑っていた。

−なんて分かりやすい茶番劇!

……うん、本人たちは至って真剣なんだから笑うのは失礼よね。
無道さんの下手くそな嘘も静馬さんのそれが分かっての嘘も。
観客席から見てる身としては、なんて心温まる愛憎劇。
ああ、若さって大事よね……。
頭突きと鼻血で幕を閉じた愛憎劇に苦笑しながら、鈍感な主演の片割れに話しかけたのは……たぶん羨ましかったから。
お互いに想い合ってる二人が可愛かったから。
不器用にすれ違う二人が微笑ましかったから。

「無道さんて寝てる時も眉間に皺が寄ってるタイプの人?」
「自分の寝顔見たこと無いんで知りません」
「今度確認しに行っていい?」
「嫌ですよ」
「じゃあ、久我さんに写真お願いする」
「その場合、あいつを殴り倒します」

律儀に手を合わせてご馳走様。
子供じみた仕草が可愛くて、また一つチョコレートを投げる。

「…投げないでもらえますか?」

さすがに口でキャッチは難しかったのか、手で受けとめてから口に入れる。

「じゃ、あーん」
「だから、意味分かりませんて」

……どこかから叫んでる声が聞こえた気がしたの。
その叫び声は鼻血を出して泣きそうな瞳をした後輩から。

−誰でもいいから見つけて!

「静馬さんとはしてた癖にー」
「してません。後、夕歩の名前はもう出さないでください」
「失恋の傷に塩を塗ってあげようと思って」
「鬼ですね。貴方、鬼ですね」
「失恋に効く薬あげましょうか?」

外れたままの音程で狂った音程で私の耳に響き続けてる。

−誰でもいいから見つけて、愛する人を見つけてくれ

「……そんなのあるんですか?」
「て、ことでほら、あーん」

また眉間に皺を寄せるから。
きっと寝顔もこんな感じなのか、それとも意外に可愛い寝顔なのか。
本当に確認してみたくなった。

「何でチョコなんですか?しかも、それなら自分で食べます」
「自分で食べるんじゃ意味が無いの」

チョコレートを一つ、指先でつまんで差し出す。
今度は『あーん』と言う前に大人しく口を開けるから、そっと口の中に入れてあげる。

「…効いた?」
「………甘いですけど、これほんとに効くんですか?」
「そのうち効いてくるわ」
「何でチョコ?」

首をかしげる顔に少しだけ笑って立ち上がって。
チョコレートの残りを箱ごと手渡す。

「久我さんとでも食べて」

別にチョコレートじゃなくてもいいの。

「……これ」
「ん?」
「あいつ、失恋してないけど食べてもいいんですか?」
「……………」

真剣に尋ねてくるから唇が緩むのが自分で抑えられなかった。
あのね、『特効薬』はチョコレートじゃないから。
チョコレートじゃなくて……。

「大丈夫。それ、私の手から食べないと効かないから」

聞こえてきたのはまた同じ曲。
誰か見つけて、と繰り返すから。
不思議そうな顔をしてる無道さんにもう一度だけ笑いかけて、その場を後にする。

−きちんと見つけてあげるから、もう少しだけ待ちなさい。

そう口には出さず、聞こえる声に耳をすました。
















…見つけなくても候補はいるんだけどね。



END
(11/12/03)

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