【2】

□Lucky
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【Lucky】





「……なに?」

髪をすく指先が好きで。
だけど、口にするのは恥ずかしくて指先を上目使いに見つめながら聞き返す。

「染谷みたいにきゅーとでほっとな彼女がいてあたしってなんてラッキー!って言ったんです」
「…キュートでホットな彼女はもっとセクシーなんでしょ?」
「あ、それ根に持ってんの?」

以前、言われた言葉を返すと寄りかかった肩の先、間近にある唇が困ったような笑みを浮かべる。

「あの時はまあ……ほら、さ。今のあたしにとってあんた以上にきゅーとでほっとでせくしーな人なんていません」

肩に回された腕、その先にある指先がまた髪をすく。
高い体温や甘い香り。
『かもん、べいべー』なんて雰囲気も無く、両腕を広げて呼ぶから頭を抱えて。
だけど、腕の中に入ってしまえば抜け出せない。

「最初は友達からってわりといい条件なのかも。だって、お互いのこと知った上で付き合うんだし」
「深く知らない人とあなた付き合いたい?」
「そりゃ、セクシーでホットなおねーたまなら…………痛い!それ地味に痛いです、染谷さん!」

太股にジーンズの上から爪をたてて、笑ったままの瞳を睨みつけて…。

「…けど、なんかそれゾクゾクする」

なんて言うから顔を押し返す。

「ひどい!今、あたしのこと変態扱いしたでしょ?」
「大丈夫よ、順。それ、付き合う前から知ってたから」
「……友達云々、関係ある?それ」
「友達じゃなくても知ってる気がするわね、それ」

不服そうに今度は顔をしかめるから。
もう一度腕の中に戻って、腕を肩に回させる。

「…ん?この体勢、お気に入り?」

また髪をすき始める指先を見つめて。
馬鹿なことは言わずに静かに問い掛ける時の声はわりと好きなのに、なんて口にするのは今更。

「……やっぱ、あたしはラッキー」
「まだ言ってたの?」

暗くなった窓の外を眺めて。
それから恋人の顔を見つめる。
呆れて笑いながら、わざとのように真面目な顔を作るからまた笑ってしまう。

「『どうなるんだ!?こんなあたし達なのに!!!!』とか思ってたのにわりと上手く行ってるし」
「どんな『あたし達』よ?」
「鬼嫁とヘタレ?」
「……目指すわよ、今からでも鬼嫁」
「今のままでも……………………やだなー、そめやがおによめなわけないじゃないですかー」

もう一度、太股に爪をたてて。
慌てたように体を捻って逃げるから今度は二の腕にしておく。

「………さっきから感じる部分ばかり狙うのはわざとですか?」
「ヘタレじゃなくて変態に訂正した方がいいわよ」
「そんくらいの言葉じゃへこみません」
「あなたのそういう所って尊敬するわ」
「お、褒められた!ラッキー」

もう、あえて何も言わず壁にかけられた時計を見て。
同じように時計を見たはずなのに何も言わない順の横顔を盗み見る。

「……綾那、帰って来ちゃうわね」
「追い出せばいい」
「あなた、追い出させる?」
「そこでこそ鬼嫁発動……………なんでもないですって!」

髪をすく手が止まってたから、握りしめて。
今度は頬に触れるけど、そのまま好きにさせてあげる。

「…帰んの?」
「帰るわ。いつもいつも綾那を外にいさせるのも悪いし」

抜け出せなくなる前に。
躊躇してしまう前に順の腕を抜けだし立ち上がる。

「……どうせ、明日も会うでしょ?」

不服そうに分かりやすく唇を尖らせてドアの前まで見送りに来るから。
いつの間にこの人はこんなに私に溺れてたんだろう?
浮かんだのは苦笑いで誤魔化した幸福。

「んー……、まあ、わかってます」

それでもドアに片手を付いて、顔を近づけてくることは忘れてない。
屈む順に合わせて少しだけ顔をあげて。
さよならのキスが習慣になるくらいには上手くいってるわよ、『あたし達』。

「くそー……」
「まだ何かあるの?」
「さよならのチューなのに。次がもうしたいってどうでしょう?」
「馬鹿」
「染谷のその声好きー」
「別れを引き延ばそうとしても無駄よ」
「あ、バレてた?」

悪びれずに笑うから、もう一度だけキスしてドアを開ける。

「じゃ、さよなら」
「染谷」

小さく呼んで笑うから、首をかしげて。
人をまたドアの中に引きずり込むから、呆れながらまたさよならのキス。

「…………あー」
「…なに?」
「あんたに愛されてるあたしはほんとにラッキー」

……幸せそうに笑うから。
一体、何度目かも分からないさよならのキス。

「また、明日会うわよ」
「…わかってます」
「帰るわよ」
「はい、どーぞ。また明日。てか、後でまたメールするけど」
「分かったわ」

また引き戻されないうちに部屋を出てドアを閉める。

「ラッキー……か」

自分の部屋に戻る廊下を歩きながら小さく小さく自分にだけ聞こえる声で小さく呟く。

−あんたに愛されてるあたしはほんとにラッキー

あなたはそう言うけど……本当に幸運なのは私の方。











……愛されてる今が幸福すぎるから


END
(11/12/06)

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