【3】

□指ぬきとキス
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【指ぬきとキス】






いつでも毒をもるのは女の仕業。





…なんて、読みかけのミステリーを閉じて。
犯人の見当はもう付いてしまったから、先を読むかどうかしばし考える。

「玲も毒をもられないように気を付けてね」
「…人の部屋でくつろいでると思ったらいきなり何なんだよ、その発言は?」
「大丈夫、私は毒なんてまどろっこしい事はしないから」

結局読みかけの文庫本は本棚の中へ。
あ、どうせなら最初のページに犯人の名前書いておいてあげれば良かった。

「……で?」

私が入れたばかりの文庫を本棚から出して確認して、よし書いてないな、なんて言う人に首をかしげる。

「『で?』って」
「毒をもりたい相手がいるんじゃねーの?」
「…私、玲のそのたまに鋭いところ嫌いだわ」
「そりゃ、良かった」
「愛情も度を越すと毒をもりたい感情にしかならないの」
「お前が言うと本気で怖いから止めろ」

怖い、と言いながらその顔は楽しそうに笑みの形を作るから。
玲の机の上からペンを一本拝借する。
……すぐに取り上げられた。

「なんかあったらしいのは何となくわかる」
「なんか、って科捜研呼ぶようなあの事件?」
「どうせ呼ぶならCSI呼べ」
「『科捜研の女』と書いて『CSI:Kyoto』と読むのよ」
「止めろ、その苦情来そうな感じのこと言うの」
「愛のDNAって言うと急になんだかピンクな感じになるわよね」
「お前の脳だ、ピンクなのは」
「自白剤とか媚薬とか持ってたらちょうだい。レイプドラッグ的なやつでもいいけど」
「持ってねえし、何に使うつもりだ」
「……玲、今日キレが悪い」

会話のノリが悪いのも、玲の突っ込みにキレが無いのも。
心が晴れないのも、どこか苛立つのも。
すっきりしないのは頭なのか、心なのか。
自分の予想していた展開と違ったのが気にくわないのか。
それとも『ふられた』という事実か。

「まあ、好きに八つ当たりすりゃーいい」
「八つ当たりなんてしてません」
「してるって」
「してない」
「してる」
「してません」

愛が欲しいと言うから、あげようとしたのに。
手を差し出すからその手の平に指ぬきを置いてみたくなった。

―これが『愛』よ

そう言ったら案外あの子は信じたかも知れない。
キスを知らなかった永遠の少年みたいに。
…指ぬきを渡す前に逃げられたけど。

「不公平よね」
「あ?」
「ベビーカーにしがみついてた女の子の方が損してるのって」
「ああ、うん、八つ当たりを初めたのはわかった」
「お利口さんにしてた私たちじゃなくて、言うことを聞かないでベビーカーから落ちた男の子だけが行ける国ってどう思う?男女差別だと思うの」
「別に行きたくねーよ」
「玲が落ちなかったのは私のおかげよ」
「お前とベビーカーの時代から知り合いだった記憶は無い」
「初めて会ったとき乗ってた」
「乗ってねーよ」
「それならベビーカーからなんてさっさと逃げておけば良かった。そしたら夢の国で遊んでいられたのに。ワニのステーキ焼いたり妖精に悪戯したりフック店長呼び出してクレーム付けたり」
「いつにもまして訳わかんねーな」
「むしろ私は未熟で自分勝手なピーターパンをやっつけたい。ただキスしたかっただけなのに。好きって言ったくせに」
「…あ?」
「人をたぶらかすだけたぶらかしたあげくに壊れてるって。キスしたかったのに」
「……はい?」
「横顔が可愛い、とか。からかった時のあの困った顔が可愛い、とか。泣き出しそうな時な目が可愛い、とか。そもそも鼻血出してる姿に私萌えたんだし」
「…おーい」
「不幸ぶる所とか、不器用な所とか、『いらない』って自分に言い聞かしてる所とか、静馬さんラブ!とか未練たらしく言ってる所とか、話が続かない所とか」
「……………」
「そういう所好きなのに『恋人になりたい』とか『貴方が好き』って言われて逃げられるとは思わないでしょ?私の方は何も言ってないけど。…何も言ってないけど…………」
「……………終わったか?」

顎に手の平を付いたままだらしない体勢で話を聞いていた玲の姿勢がいつの間にかまっすぐになってる。
驚いたように目を丸くしたまま、何か言おうとしたのか口を開くけど……結局なにも言わずにまた閉じられる。

「あ、あの本の犯人主人公だから」
「言うなよ、お前は犯人を!」

怒鳴った後に肩を落として。
それでも苦笑いなのが何とも気にくわない。

「…助言いるか?」
「………いらない」
「なら、言わない」

『わかってます』って態度は気にくわなくて……それでも安心できる。
聞かない所も、言わない所も。
わかってやってくれてることぐらい知っている。

「…玲」
「ん?」
「…犯人違う人かも」
「ん」
「…けど、私は主人公だと思うの」
「ん」
「…私ふられたみたい」
「…ん」
「……だんだん腹がたってきた」
「んぅ?」
「そもそも逃げられると思ってる時点であの子の間違いよね」
「…おい」
「そう思わない?」
「…ああ、そうだよな、お前に助言なんていらないよな」

助言は確かにいらないけど。
独り言を並べてるだけじゃ駄目なの。
聞いてくれる人が、安心して喋れる人がいないと。
感謝はしてるけど言葉にしない。
しなくても通じてるし。






「…ああ、でも一つだけ言わせろ」

それでも手をあげるから小さく首をかしげる。

「…毒はもるなよ」
「そんなまどろっこしいことしないわよ」

それならショットガンをぶっ放す方がよっぽど楽しそう。


















私なら指ぬきじゃなくてキスをあげるのに
…今すぐ大人になりたくなるようなのを




END
(12/05/09)

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