【3】

□Fly/Defying Gravity
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【Fly/Defying Gravity】




一日の終わりにはもう後悔してる






「なにを?」
「朝、いつも心に決めるんです。今日こそは、って」

さらさら、と指先が髪をすり抜けていく感触に首をすくめて。
くすぐったいのと。
そうすると満足そうに笑うのを知ってるから。

「今日こそはおねえたまだけに愛を囁くって」
「うん、どうぞ」

少しだけ。
少しだけ上にある瞳は見なくても笑ってるのは知ってるし。
同じような瞳を無意識にしてる自分のことも知ってる。

「愛してます」
「…うわー、なんか凄く嬉しいなー、それ」

自分でも心のこもってない言葉は、同じように心のこもってない棒読みの言葉で返される。
毎朝、毎朝。
目覚めた時には心に決めてるのに。
なのに、一日が終わりになる頃には後悔してる。

−どうして出来ないことを決心するのか

まるで犬を撫でるみたいに耳の後ろを指先で撫でてくるから。
上目使いに見上げれば困ったような苦笑い。

「好きですよ、祈さんも」

真実の言葉に一つ頷いて。
何時までも解放されない自分に気付く。
だって、それを望んでないのは自分で。
だって、それに縛られていたいのはあたしの意志。
思いっきり地面を蹴ってジャンプしてもまた引き戻されるみたいに。
あたしの足の裏はべったり地面に張り付いてる。
あたしの心の芯はべったり夕歩に張り付いてる。
重力に逆らって飛ぶなんて不可能で。
重力にひかれて地面に叩き付けられる方がよっぽど現実的。

「正直な所は評価してあげる」
「おねえたまに嘘なんて付きませんよ」
「優しい嘘は付いていいけど」
「例えば?」

自分でふった癖に。
『優しい嘘』が何か気付いて、慌てて祈さんがなにか答える前に口を塞ぐ。
嘘でもいいんだよね。

−夕歩より貴方を愛してます

これは嘘でも。

−夕歩より貴方に恋をしてます

これは真実。

「恋心はマジです。じゃないとこんなこと出来ません」

もう後戻りするには遅いから。
なのに誤魔化す為のキスは甘くないから。
自分が何をしたいのかもわからなくなる。

「…それは良かった」

唇の隙間で囁かれて。
そのまま体重をかけられ、仰向けで祈さんを見上げる。

「今日の終わりにも後悔する?」
「何がです?」
「私とこうしてること」

−それについては後悔したことはない

そう答えたくても答えさせてもらえなくて。
がっちり押さえつけられた両手首をはずせるか押し返して確かめる気にもなれない。
ひりひり、と首筋が焼け付く感じは首もとで感じる祈さんの息が熱いから。
ひりひり、と痛くて熱い視線があたしを追い詰めるから。

「…うわー、この状況シャレにならないですねー」
「そう?」
「けど、悪くないです」

わーお、目がマジだ、とか。
たぶん、ちょっとこのままだとヤバい、とか。
舌の絡め方がいつもより荒いなー、とか。
ギリギリと痛む掴まれたままの手首はスイッチONでたぶん力の加減わかんなくなってんだろうなー、とか。

「……んっ」

唇が離れた隙に息を整えて。
見上げる先、瞳が笑ってなくて、唇が笑ってなくて。

「……なに?」
「はい?」
「私の顔見て笑ってるから」
「…上から押さえつけられてキスされんのって結構くるなー、と思って」

余裕のない顔が心から愛おしくて。
重力に逆らって飛ぶのなんてあたしには無理だけど。
でも、気付いた。

「………好きです」

この人になら引きずりおろされるのも悪くない。
むしろ、望んでる。

「……久我さん、M?」
「はい?」
「この状況でその台詞って何されても文句言えないと思うの」

冗談めかした言葉に笑って。
余裕のない冗談に笑って。
たぶん、冗談じゃないんだよなー、これ……。

「…後悔はしないと思います」










愛しい愛しい姫君にさよならのキスをして
それから重力に逆らってみよう
…たとえまた重力に捕まるとしても























明日は後悔しないように




END
(12/05/18)

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