【3】

□ゆかり・恵、まとめ
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【コーンポタージュと十円玉】





綺麗な指の人だな………。
印象に残ったのはそれだった。




きっかけは何てこと無いこと。
喉が渇いたな、ただそれだけ。
ポケットから財布を取り出して、自動販売機の前に立つ。
あ、十円玉ない……。
百円玉と五十円玉を取り出して、先客がいたからその後ろに立つ。
炭酸が飲みたいけど、寒いからあったかい飲み物の方がいいかなー。
妥協してあたたかい炭酸とか?
………気色悪いよ、それはさすがに。
思い出したかのように発売されて、すぐに消えていく炭酸のコーヒーは何を考えて作られてるんだろ?
そんなのを作る人がいるくらいなら、温かい炭酸もありなんじゃないかな?
前の人が買い終わって避けてくれたから、さっき出した百円玉と五十円玉を入れる。
…今の人、見たことあるなー。
無難にホットのコーンポタージュのボタンを押しながら(久我さんにはからかわれるけど、冬に飲むコーンポタージュは美味しいから)、今いたのは夕歩の友達だと思い当たる。
確か無道さんの元刃友。
がこんっ
取り出し口から缶を取り出して、釣り銭口から出てきた十円玉三枚を取り出す。
……あれ?
おつりは十円玉三枚のはず。
なのに、手の中には何故か百円玉と五十円玉も。
あー…、前の人のだ。
慌てて振り返ると少し離れた場所にその背中はまだ見えた。
足早に言ってしまおうとするから、小銭を手に慌てる。

「あ、あの…」

―そこのお嬢さん!
怪しいから!私、怪しいから!
剣待生の人でも美術部の人でも良かったけど、そう呼べばもれなくその人以外も振り返りそうだから。
なんだっけ?名前。
下の名前は夕歩が呼んでたからすぐに思い出せた。
けど、名字が出てこない。
確か久我さんは名字で呼んでたけど……。
追いかけながら考えてる間にもどんどんその背中は遠ざかっていくから。

「えーっと……ゆかりさん!」

呼びかけた後に思い出した。
"そめや"だ、染谷ゆかり。
振り返った顔は不思議そうに自分を呼んだ人物を捜すから急いで駆け寄る。

「あの…おつり、忘れてます」

目に入ったのは片手に持ったブラックの缶コーヒー。
……反射的に自分のコーンポタージュの缶を隠したくなったのは子供っぽいとか思われそうで。
小銭を握った拳を差し出すと手のひらを出すから、そこに小銭を乗せる。
冷たい手のひらに指先が触れて……自分の体温で温まった小銭が気持ち悪いとか思われないか、なんてことが気に掛かった。
それよりも、何よりも………。
―綺麗な指の人だな
渡した小銭を握った手を見てそれに気付いた。
同じ剣待生なのに綺麗に整えられた爪や細く華奢な指先に目を奪われた。
自分のささくればかりの指先が恥ずかしくなる。
視線を逸らすために顔をあげて……綺麗なのは指先だけじゃないことに気付いた。
うわ………。
夕歩を通して知ってはいたもののこんなにマジマジと顔を見るのは初めてな気がする。
髪の毛で顔が半分隠れてても、美人にかわりはない。

「……なに?」
「ふぇっ?な、何でもないです」

差し出してた手を引っ込めて、慌てて俯く。
うわー、馬鹿みたいにマジマジ顔見ちゃった!

「…とにかく、ありがとう」

絶対に変なヤツだと思われた!
ありえないから、私!

「ど、どういしたまして!」

慌てて立ち去りながら……なぜか心臓がバクバク言うのを感じた。
……あれ?何で?





コンコン!
軽いノックの音が部屋に響いたのは夜も更けた頃。

「はいよー」

さも当たり前のように久我さんが出てくれるから、私は座ったまま夕歩とおしゃべりを続ける。
なぜか、昼間のことは夕歩たちに話せなかった。
こんな事があったんだよ、なんて夕歩と久我さん二人の友人のことなんだから話してもおかしくないけど……なぜかそう出来なかった。
後々になって、しっかりしてそうに見えるあの人がおつりを忘れるなんてうっかりをするのが可愛いなー、とか思ったりもして。

「お、染谷」
「………!」

なのに、現れたのがその人本人でさすがに驚く。
ドアの所を見れば、確かにさっきと同じ人。

「…いたの?」
「そんな嫌そうな顔しないでよ。なにー?夕歩なら貸し出さないよ」

露骨に眉間に皺を寄せてる顔をこっそりと横目で見る。
あー、仲がいいなー……なんと言えばきっと不本意そうな顔をしそうだけど。

「夕歩じゃなくて用事があるのは増田さんの方よ」
「増田ちゃん?」

…………ふぇっ!?あ、あたし?
思わずそっちを見れば手招きされたから立ち上がりドア口まで行く。
好奇心丸出しの久我さんを追い払って、染谷さんは私と向き合う。

「ど、どうしたんですか?」

同級生なのについ敬語を使ってしまう何かがこの人にはある。

「これ、さっきのお礼。ついでに夕歩の分も」

手渡されたのは……コーンポタージュの缶とミルクティーの缶。
どっちも今買ったばかりなのか持つのがちょっと辛いくらいに熱かった。
う…、やっぱり見られてた。
じゃなくて…。

「こんなのいいのに」
「ねーねー、お礼って何ー?あたしの分はー?」

きっちりと聞き耳を立ててたみたいで口出ししてくる久我さんに染谷さんはポケットから何か取り出して凄い勢いで投げつける。

「ちょっ!投げなくていいじゃん!」

文句を言いながらもちゃんと受け止めてるあたり凄い。

「貰えるだけ有り難いと思いなさい」

ついでに夕歩の分もわざわざ私の手から取り返して、投げつけてるあたりは……まー、仲がいいんだよね。

「……染谷、あたしのぬるいんだけど?」

久我さんの手にはブラックのコーヒー。
……あれ?

「貰っておいて文句言わないの」
「へーへー」

気のない返事を返す久我さんを睨み付けて……染谷さんは私をドアの外に連れ出すとドアを閉める。

「…あの人がいると静かに話も出来ないのよね」
「あの……ほんとにいいですよ、こんなの。大したことしたわけでもないのに」

お金払います、そう言うと手を振り断った後に思い出したようにポケットに手を入れる。

「それで本題を思い出したわ」

さっきとは逆で握った拳を出すから反射的に手のひらを出す。

「これ、おつりが多かったみたいだから」

渡されたのはひんやりとした十円玉三枚。

「あ…」
「あなたのじゃないかと思って」

そう言えば自分の分のおつりを財布にしまった覚えがない。
うー……、私ってやっぱり抜けてる。
お節介をやいて、余計に手をとらせてるし。

「…ありがとうございます」
「どういたしまして」

おかしそうに笑う顔はやっぱり綺麗で……。
何だか頬が熱くなる。

「あの…」
「ん?」
「さっきのコーヒー、飲まなかったんですか?」

何でこう私はどうでもいいことしか口に出来ないの!
そう思っても口に出したことは消えない。

「私、缶コーヒーのブラックは苦手なの」
「そう……なんだ」

じゃあ、何で買ったんだろう?

「…ランクアップするチャンスだと思ったらボタンを押し間違えたのよ」

問い掛ける前に答えは自ら教えてくれた。

「…………はい?」

ランクアップ?
チャンス?
ランクアップと言ってもそれが星奪りの話じゃないのはさすがの私でも分かった。

「名前くらいは覚えててくれたみたいだけど」

言う顔は少しだけ罰が悪そうな……だけど、満足そうな顔。
………ん?

「あの…話がよく…」

さっき綺麗だ、と。
そう思った指先が頬に触れる。
…ふぇっ!えっ!エエッ!?

「自販機の硝子にあなたの顔が写ったのを見つけて、そっちに気をとれてたから」

…………はい?
少しだけ後ずさるとドアが背中に当たった。

「あ、あの……染谷さん?」

頬を流れるのは冷や汗なのか、なんなのか。
分からないけど、その片方だけで見つめてくる瞳から目を逸らせない。

「あなたなら追いかけて来てくれるだろうと思ったの」

頬から手を離し、あっさりと一歩引くと小さく笑う。

「そ、染谷さん?」

手を伸ばしたけど、またもあっさりと背中を向けられる。

「それじゃ、また」
「あ、はい……」

反射的に返事を返して……その背中が消えるまで見つめ続ける。
……また?
えーっと………。
手に持ってるコーンポタージュがやけにぬるいと思ったのは、きっと自分の体温が上昇してしまった所為。
また、って…………。
指が綺麗な人。
どうやら、この人とはまだまだ何かありそうな予感がする。












 




「増田ちゃん遅いねー」
「そうだね」
「染谷が増田ちゃんに用事って何だろう?」
「もー、聞き耳とか立てないの!そこにちゃんと座ってて」
「はーい……。てか、夕歩は気にならないの?」
「気になるけど……。いいの、放っておいてあげて」
「あれ?夕歩、なんか知ってる?」
「…知らない」
「んー。なんか嘘くさいなー、それ」
「あんまりうるさいと帰らせるよ」
「また、そんな冷たいこと言うー!」
「……恵ちゃん逃げきれないだろうなー」
「ん?何か言った?」
「なんでもないよ」





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