【3】

□『愛してる』って伝えるものじゃないと思うんです
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【『愛してる』って伝えるものじゃないと思うんです】



たとえばさ…。
冗談の通じないとことか、人前でベタベタすんの嫌がるとことか、真面目すぎるとことか。
デートの時に手を繋いでくれないところもさ。

『貴方が軽すぎなのよ』

なんて言われたら否定なんて出来ませんが。
あたしにだって染谷の気に入らない所ぐらいある。






「そーめーや!」
「…っ!?……順?ちょっと、離れて」
「嫌です」

放課後の廊下、360メートル先に見つけた背中に駆け寄ってそのままガッシリ捕獲!
振り解こうとバタバタする染谷の背中に抱きついて離れない。
いやーん、染谷さんだー!
こういうのって運命だよね。
逢う約束なしでも出会えるなんて!

「同じ学園の敷地内に居るんだから会う可能性くらい、いくらでもあるわよ!」
「逢わない可能性もある。だから、逢えた今日はラッキー」
「いいから離れて。見られてるでしょ!」
「誰もあたし達なんて気にしてないって。二人だけの世界へれっつごー!」
「だから…!」

ごすっ!、と。
後頭部に鈍い音をたてて、重い衝撃がきたのはその時。

(『こんなもんでいい?夕歩』『うん、ありがとう』)

「死因は鈍器による頭部挫傷と見られます……って、なに?綾那、痛いじゃん!」
「順の鞄は鈍器なの?」
「鞄、放り投げて走って行くから何かと思えば」

むっつりとした顔の綾那が足元に鞄を投げるから(綾那の場合、むっつりはあっちの話だった)、まあ持って来てくれただけでもこいつにしては親切なコトだ。

「あー、染谷、いい匂いがするー」
「いいから、離れなさい」
「嫌です」
「『嫌です』じゃなくて」

ぐるりと回した腕はしっかりとお腹に(ほんとはもうちょい上がいいけど我慢)。
鼻先は首筋にうずめる(なんで、この人こんなに美味しそうな匂いがすんのかな?)

(『助けた方がいいかな?』『あー、いや、たぶんゆかりが自分でどうにかするとは思う』)

「恥ずかしいから止めて」
「んじゃ、今すぐ二人きりになれるとこ行こうよ」
「そういう問題じゃないの」
「じゃ、どういう問題?」

通りすがりの生徒達だって気にしてない、って。
何か言いたげにチラッと見ては行くけど。

(『…これじゃ、私達も見せ物みたいだな』『…だね』)

ふんが、ふんが、と。
そうそれは大型犬(発情期)が飛びつくように!
そして、食いついたらちょっとやそっとの罵詈雑言にも負けません!
だって、背後からしがみついてるから手も出せないしね!

(『…ゆかり、大変そうだね』『…うん』『順、まるで痴漢だね』『いや、あれは痴漢そのものだろう』)

「そこ、二人!しみじみ話してないで助けてよ!」

あ、染谷がキレた。
あ、綾那が硬直しちゃってる
あ、夕歩がなんか助言してる。

(『ゆかり、踵と後頭部』)

ちょっ、夕歩、それっ……!!
バキッ、ゴンッ。

「の…ぉ………っ……!」
「……やっと、離れたわ。ありがとう、夕歩」
「どういたしまして」
「……その的確すぎる助言は痴漢撃退方とかですよね?」

痛む足と鼻を押さえて(的確に染谷の踵と頭突きが決まりました)見つめる先、腕の中から逃げた染谷は夕歩の隣へ。
おー、なんか納得いかないんすけど……。

「あたしはただ染谷への想いを態度で示そうと!」
「今ので貴方への評価下がる一方だけど自業自得だから気にしないで」
「ちょっ!なんでそうなんの!スキンシップしたいだけじゃん!」
「なんで人が嫌がることするの?」
「好きだから」
「だから……」

(『…順、ウザいね』『同感だ』)

露骨に睨まれて、露骨に機嫌の悪い顔。
違うんだよ、あたしはただ染谷とじゃれたいだけなんだけど。
相変わらず冗談が通じないなー、とか。
別にそこまで嫌がらなくてもいいじゃん、とか。
なんだか気にくわない。

(『…雲行きが怪しいな』『雨降りそう?』『天気じゃなくて、ゆかりの方』)

「…もう、いいわ」

それだけ言うと落ちた鞄を拾って歩き出すから。
染谷の気に入らない所は確かにある。
ある、けど………。

「綾那、そういうコトでしばらく帰って来ないでねー!」

すたすた、と。
振り返りもせずに行く背中をまた走って追いかける。
こういう時に思うんだよね。
染谷の方が一枚上手だ、って。
『愛してる』ってさ、伝えるものじゃないと思うんです。

「自分の鞄くらい自分で持つよ」

染谷が拾った鞄を受けとって(へへっ、あたしの鞄持って行くってコトは付いて来い!ことだよね?)代わりにって差し出した手は握ってもらえない。

「人から見られるでしょ」
「見られてもいいじゃん」
「なんで何回も同じやりとり繰り返すの?」
「いつか要求が通るかなー、と」
「私、貴方のそういう所だけは好きになれないわ」
「知ってます」

大きく大きくため息をついて。
『仕方ない』って顔で差し出した手を握るとまた歩き出すから。
…うん、あたし染谷に愛されてる!

「ね、ね、ね、染谷」
「…なに?」
「あたしに愛されてると思う?」

ちょうどあたしの部屋のドアの前で。
染谷はドアノブを握ったまま振り返ってあたしの顔を見上げる。
『愛してる』ってさ、伝えるものじゃなくて実感させるものだから。
あたしは実感出来てるけど、染谷は……どうだろ?

「……そうね」

まだ不機嫌そうな顔のまま、それでも少しだけ間を置いて染谷は口を開く。

「思ってないなら、放っておけるんだけど」

心底、不服そうな顔と言葉がもうなんて言うかクリティカルで。
こんなに愛されてていいんでしょうか!?あたし!!!
自己完結してる間に染谷はドアを開けて中に入るとあたしが入る前にドアを閉めちゃうから。

「染谷」

はい、一つ深呼吸。
飛びかかる準備は何時でも出来てるから。
ああ……。



また懲りずにあんたの顔を見たら『好きだ』って伝えてしまいそう。






















(『……あれでいいのか?』『綾那、世の中には色んな恋人同士がいるんだよ』)


END
(12/06/19)

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