【3】

□たぶん暑かったから
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【たぶん暑かったから】




「引っ付かないで」


つれない言葉もこの暑さの所為だと思いたい。
気温は優に35℃を越える猛暑日に窓から見える光は殺人的な色を放ってる。
それでも開け放したままの窓の外からは、はしゃぐ生徒達の声。
この暑い中、外で暴れる元気がある下級生に尊敬を通り越して畏怖の念を抱く。

「冷房、付ければ?」

綺麗に切りそろえられた前髪の下に浮かぶ汗を見つけて。
拭ってあげようと手を伸ばすと露骨に顔を顰めて逃げられる。

「体に悪いから嫌」
「あのね、紅愛………世の中には熱中症って言う怖い怖い病気があって………」
「うっさいわね、そのくらい知ってるわよ。暑いなら自分の部屋に帰ればいいでしょ?」

彼女のルームメイトもこの暑さにギブアップして逃げ出したのだという事は知っている。
チャンスとばかりに部屋に押しかけて、逃げ出した気持ちがよく分かった。
かく言う私も暑さには強くない、むしろ彼女の部屋でなければ私も逃げたい。

「あ、汗かきながら暑い部屋に居たがる紅愛はマゾヒストとか?」
「勝手な解釈するの止めてよね」

暑さでほんのり赤くなった頬に汗が浮いてるから指ですくって、ついでに唇を押し付けると押し返される。

「暑いから止めて。イライラする」
「汗かきながら、って言うのが紅愛の好みなのかと思って」

汗で濡れながら抱き合うのを想像してみて、何を一番に思ったかと言うと。
『彼女の爪に引っかかれた傷に汗はさぞかし染みることだろう』なんて考え。

「暑い暑い言うわりには汗一つかいてない人がよく言うわよ」
「私、女優だから首から下にしか汗かかないの。確認する?」
「どうしてもそっちに持っていくの止めない?」

氷の入ったアイスティーを飲み干して、不快そうに紅愛はまた一歩離れてしまう。
これがまだ冬なら、寒さの所為にして抱き締めてしまえるけど。
(極端に寒がりの彼女は一度腕の中に入れてしまえば中々出ようとはしない)
この暑さじゃ抱き締めることすら凶器になる。
私にも紅愛にも。
………あ。
ふと思いついて氷の残ったグラスに手をのばす。

「紗枝」

なのに、それを取り上げてなぜかつり上がる眉。

「あんたのやりそうなことくらい私が気付かないとでも?」
「私はただ純粋に暑いから氷でも食べようと思っただけだけど?」

『さすが……』なんて嬉しいのが自分でも馬鹿みたい。
氷を口に含んだまま、紅愛の背中とか首筋にキスしようって計画は確かにあったけど。
涼しく行える恋人とのコミュニケーション。

「あと紅愛も食べたい」
「ああ……とうとう暑さに脳みそやられたわね、あんた」

首筋を流れる汗に見とれてたから紅愛が『脳みそやられてるのはいつものことだったわね』なんて暴言をはいているのは聞こえなかった。
夏の暑さは正常な思考も思考する能力も気力も奪っていく。

「だって、暑いの」
「だから、だったら近寄らないで」

……夏の暑さがますます嫌いになりそう。
邪険に手をふって自分だけカリカリと氷を噛み砕いてる人の横顔を眺めて。
私は暑くても熱いスキンシップがとりたいだけなのに。

「……なに?暑苦しいからそんなに見ないで」
「だって、暑いの」
「わかったから」
「だから暑いの」
「わかったってば」
「凄く暑いの」
「ちょっ…、その真顔なの怖いんだけど…」
「暑………」

唇に触れたのは冷たい感触。
それが唇を割って舌に触れるから反射的に受けとめて。

「……少しは涼しくなった?」

冷たくて柔らかい舌が唇を舐める感触は涼しいどころか別の意味で暑い……、なんて。

「…あら」
「なによ、その反応?」

口移しされた氷をゆっくりと舌の上で転がしながら逸らされる視線を追う。

「紅愛からって珍しいから」

口から出たのはいつものその場しのぎの冗談じゃなく本音。

「そうね……」

夏の暑さは正常な思考も思考する能力も奪っていく。



「たぶん暑かったからじゃない?」











…なんだか夏の暑さも好きになれそうな気がする。





END
(12/07/26)

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