【3】

□Turn left/Turn right
1ページ/2ページ



【Turn left/Turn right】



最初にかけられた言葉を覚えているのは『なんてこと言うんだ、こいつ…』と呆れたから。

―背中合わせで戦ってる刃友に、振り返って背中から斬りかかりたくなる事ってないですか?

なんと答えたのかは覚えてないけど。
(たぶん、そんな事したら報復が怖いとかなんとか答えたと思う)
お互いの刃友がそういう関係だと知ったのはその先の話。
視界にそのちっこい体が気付かないうちに入りこむようになったのはそのまた少しだけ後の話。






「…私の友達がね」
「あ?」

文庫本に集中していたから、いきなり話しかけられて咄嗟に脳が対応しない。
並ぶ文字から顔を上げたのに、今話しかけた本人はさっきのあたしみたいに他人事みたいに人の本棚から抜き出した文庫本を見つめてる。

「何か言ったか?」
「私の友達、恋愛の所為で人格障害おこしてるの」

まだ視線は本に落とされたまま。
大きく息を吐き出して、その横顔を眺めて。
ああ、本当にこいつは何を考えてるのか分からない、と心底感じる。

「お前、自分の友達にとことん辛辣だな」
「……羨ましいな、って」

そう言う口ぶりは全く感情がこもって無くて、本当にそう思ってんのか?とそう尋ねたくなるレベル。

「ね、玲」

あたしの方は見ないまま。
その視線も意識もこっちに向かないまま。

「ん?」
「…恋に溺れるってどんな感覚?」

淡々と言われる恋人の身にもなれよ、お前は…。







―…あのね

囁く甘い声が耳に響くのが気持ちよくて。

―順は右に曲がりたがって

感情を移さない瞳を覗き込んで、何を感じてるのか窺って。

―私は左に行くしかなかった、ってだけなの

言ってる意味がよく解らなくて、首をかしげれば薄く笑って。

―…私は虹になんてなりたくなかったのに

それでも、それ以上の説明はしてくれない。










さらっとキスをしてくる恋人は、だけど腕の中に入るのは嫌がる。
ただ抱き締めたい、ってそれを叶えさせてはくれない。
あれだ、ほら、あんな感じ。
猫が甘えて擦り寄ってくる癖に抱き上げると嫌がってすぐ逃げる、そんな感じ。、
どうしたいんだ、お前は?って腹をたてて……だけど、擦り寄られれば何もかもどうでも良くなってしまうんだからこれがあいつの言ってた『恋に溺れてる』状態。

「……は?」

下手をしたら、これまたさらっと素通りされるコトすらある。
廊下ですれ違ってもまるで『見えてません』ってフリ。
人目に付きたくないのは分かるけど、目配せとか他になんでもやりようがあるだろ?
こっちは不意打ちで逢うのがちょっとだけ照れくさくて嬉しくて、顔にそれが出るのが嫌でわざと顰めっ面を作ってだけど堪えきれずにニヤけてしまってあいつの顔をソッと窺って。
………その結果がこれか?
つか、どこの乙女だよ、あたしは。

「……萎えるぞ、色んなモンが」

聞こえないと分かってるから口の中だけで呟いて。
あいつにはその気が無いんじゃないか?いや、そんなはずは無い、と自問自答して。
キスの理由は何かあるはずだ。
あんなモン、誰にでもされてたらこっちが困る。
抱き締められたら期待くらいする。
好きじゃなきゃしないよな?
場合によっては出来るのか?
遠目で友達とランチ中の横顔を眺めて。
視線をずらせばあいつから言わせれば『背中に斬りかかりたい』らしいあいつの刃友と自分の刃友が仲良くランチ中なのを見つけて。
もう一度、視線をずらして見つめる横顔もあたしと同じ二人組を捕獲してるのに気付く。
その顔はどちらかと言うと『斬りかかりたい』って言うよりも………『抱き締めたい』って顔。

お嬢さん、お嬢さん。
恋をする相手を間違えてんじゃねーの?

聞けるなら聞いてるし。
聞いた答えが『イエス』だった場合の事を考えるとますます聞けない。


    
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ