【4】

□It takes two to tango
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― あたしのどこが好きなの?

ぐじぐじうじうじと言ってるなら、そう聞いてしまえばいいのに。







「順のどこが好きなの?」
「………………はい?」

『今どこにいるの?』そうメールで尋ねた相手は『まだ部室』と返してきたから。
その足で向かったのは、絵を描く友人を久し振りに見てみたかったから。
残念な事にもう片付けをしてる段階だったから仕方なく適当な椅子に座ってその背中を眺める。

「いきなり何?夕歩」

他に誰もいなかったから。
その背中に疑問をぶつけてみただけなのに、引きつった顔で振り返る友人に順にしたみたいにまた首をかしげる。

「聞いてみたくなって」
「……わざわざここまで来たのはそれが理由?」

また背中を向けるから、ゆかりがこの話題を進んでする気はない事はわかった。
順の事をばらしてしまってもいいけど、それをするのはさすがに可哀想だと思って。

「あと、ゆかりが絵を描く姿見たくて。もう、今日は終わってたけど」
「見ても楽しい物じゃないわよ」
「私は楽しい。で、どこ?」
「さり気なく話題を戻すの止めて」
「ゆかりが答えないから」
「何の調査なの?これ」
「ゆかりの順に対する愛情調査」
「どこから派遣された調査員なのかは聞かなくても分かるけど」

ゆかりの背中が大きく動いたのは深い深いため息をついたから。
ほら、やっぱり、ゆかりの反応はこんな感じで。

「順と付き合ってるの、って私を驚かそうとかじゃないよね?」

さぷらーいず!
……だから、ゆかりがそれに付き合うとは思えない。

「……そこで夕歩騙してどうするの?しかも、それで夕歩に『順のことよろしくね』とか言われたらさすがに私でも罪悪感くらい感じるわよ」
「順のことよろしくね」
「…いい性格の友達で嬉しいわ」

テーブルに置いてあったスケッチブックを広げてみたのは手持ちぶさただったから。
自分と同じイニシャルが書いてあるそれは人に背中を向けたままの友人のだと知っていたし。

「そんな事、夕歩が聞いても仕方ないでしょう」

…どんな絵が描いてあるんだろう、ってただそれだけの好奇心で。

「聞きに来させる順も順ね」

ガタガタとゆかりが片付けをしてる音と喋る声を聞きながら、だけどそれは耳を通り過ぎて行く。

「確かにあの人と付き合ってるって、自分でもまだ時々不思議な感じだから夕歩がそう思ってもおかしくないけど。当事者のあの人がそれでどうするの。それに自分で聞けばいいだけの話でしょう」

珍しく饒舌な友人の言葉を聞きながら半ば感心して半ば呆れながら一枚一枚描かれたスケッチを見て行く。
…うわぁ…………。

「そう言えば私、夕歩に……」

言いながら振り返るから慌ててスケッチブックから手を離して両手をあげる。

「…何で降参のポーズなの?」
「ゆかりに降参してるの」
「……もしかして、それ見た?」
「見てません」

凄い勢いでテーブルの上からスケッチブックを取り上げると私の手の届かない所に置き直すから目だけで追って。
視線をゆかりと合わせないのは疑わしそうに見つめる瞳と正面から見つめ合いたくないから。

「それより今、何言いかけたの?」
「え?ああ……」

わざわざ私の視線の先に移動してくるから今度は目も逸らせなくて、観念して大人しくゆかりと見つめ合う。

「言って無かったと思って『ありがとう』って」
「何のお礼?」

お礼を言われる覚えはなかったし、どちらかと言うと今は問い詰められると思っていたから拍子抜けする。

「帰って来てくれてありがとう」
「そこは『おかえり』とかじゃないの?」
「もちろん、おかえりもだけど。何時も順が居るから言いたくても言えなくて」

盛大に首をかしげて、ゆかりの言葉の真意を問い掛ける。

「夕歩がいるとあの人の事、無駄に心配せずに済むから」
「心配?」
「怪我しないか、とか。無茶しないか、とか。私がずっと見張ってるわけにはいかないし」
「……私がいると逆に暴走するかもしれないよ?」
「暴走しても、夕歩がいれば大丈夫……………って、何?そのどっかの誰かさんにみたいに頬の筋肉ゆるんだみたいな笑い方」

うん、順は基本ゆかりの前では頬の筋肉ゆるんだみたいにヘラヘラしてるもんね。
知ってる、順はだってゆかりが大好きだから。
尻尾があったらきっと全開だもんね。

「……なんだかんだ言いながら、ゆかりは順が大好きなんだな、と思って」

盗み見たスケッチブックに描かれていたのは順ばかりで。
そこに描かれた順がヘラヘラしてなかったのはきっと見ながら描いたものじゃないから。
だって、順を目の前にして描いたらあんなに格好いい順は描けないと思うもん。
……順を馬鹿にしてるじゃなくて、恋をしてる人にはこんな風に見えるんだって。
きっと順が気付いて無い時にも順を見つめてるんだろう、ってその絵を見れば分かるから。

「………何よ?それ」
「どこが好きなんて聞かなくても『順』が好きなんだって分かったから」

どうして好きになったの?とか不思議に思う所はまだまだあるけど。
尋ねてみようと思わないのは、結局辿り着く答えは一つだから。

「…………やっぱりスケッチブック見たでしょう?夕歩」

珍しく耳と頬をどんどん真っ赤にしていく親友の顔をどっかの誰かさんにみたいにゆるんだ頬で見つめながら……小さく頷く。

「ああ……」

頭を抱えるゆかりにまた精一杯、頬の筋肉をゆるめて笑って。

「ゆかり」

呼んでもさっきとは反対で私の方を見ようとしないから。

「こっちこそ、ありがとう」

真っ赤な耳を見つめながらそう伝えた。

― 順をこんなに愛してくれてありがとう








…この二人、どっちもどっちだと私は思うけどね。






















「あの絵、一枚欲しい」
「絶対、駄目」



END
(12/10/28)
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