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□染谷ゆかりはかくも語り
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私は走り出す。ただひたすらに。星奪りでも体育の授業でもトレーニングでも無いのにこんなに全力疾走したのなんて久しぶり。
だけど、駆け出さずにはいられなかった。あの人と顔をあわせて私はどんな顔をしたらいいのか分からなくて。なのにあの人ったら…。

「染谷ー!」

同じように走って追いかけてきた。…そうよね、あの人の性格を考えればこの対応は予想内のことだったのに。私だってどちらかと言うと脚は速い方なのにあの人はどんどん距離を縮めてくる。だてに、忍者ってわけじゃないわね。
追いかけっこは結局私の負け。捕まった時には正直、息がきれてまともに言葉も出ないくらいだった。
順が買って来てくれたミネラルウォーターを飲みながら私は気を落ち着かせる。
大丈夫、この人だっていつものようにしてるんだからこっちも何時も通りに接すればいいんだから。
この間のことだって冗談……なんだから。そこで私は胸が小さく痛むのを感じた。
ああ、おかしい。絶対にこんなのおかしいに決まってる。

ごぉぉぉーん!

だから、その鐘の音は救いの鐘だった。私は立ち上がり何か言いかけていた順を斬り捨てまた走り出す。
今日はよく走る日だなとか考えてたから、順が後ろから何か叫んだ言葉の意味を一瞬理解できなかった。
あ、そうなんだ。とか思ってしまった自分に苦笑。

― あたし、染谷の事が好きなんだよ!

でも、その意味を理解した途端私はおもっいきり急ブレーキをかけて立ち止まり振り返ってた。
その先には満面の笑みを浮かべる順の姿が……。いつもの半笑いじゃなくて本当に心の底から楽しそうな笑顔。
嘘でしょ、何言って……。でも、その瞬間気づいてしまった。順の表情に。
初めて見せる顔。そう、私がこの人は本当は真面目で誠実なんじゃないかって思った事を裏付けるように真っ直ぐな瞳。
いつも夕歩を大事にして見つめていた時の顔と一緒。
喉の奥がグッと重くなった。何か言わなければと思っているのに声が出なくて…。

「ごめん、染谷。あたしの言いたいことは以上だから星奪りに行っていいよ!じゃ、頑張
ってね!」

なのに、順は自分の言いたいことだけ言ってた気が済んだのか。あっさりと言うと自分のエリアに走って行こうとする。

「ちょっと、順!」

私は思わずその背中を呼び止めていた。小走りに順の所まで戻る。
だって、こんなに離れていれば大事な話なんて出来ない。

「…あなた、自分の言いたい事だけ言って逃げるつもり」
「いや、別に逃げるつもりじゃ…」

駆け寄ってきた私に順は驚いたような困ったような複雑な顔をする。いつもの半笑いを浮かべて頭をかいてたりする。

「逃げてるじゃない、私の返事も聞かないで」

言い方がきつくなったのが自分でも分かった。何で、さっきのまま誠実なあなたのまま私に告白してくれないの。私に……返事する機会を与えてくれないの。
……だって、私は何気にあなたに支えられてて……綾那を失った時に側にいて欲しいと思ったのは先輩でも夕歩でも無くてあなたで…。
でも、私はその事実に気づいてなかった。その冗談の裏にある優しさに気づいてなかった。

「返事なら分かってるって。どうせNO…」

困った笑い顔のまま言う順に私の体はつい動いていた。

ごぉぉぉぉーん!

そこで三回目の鐘がなる。
自分の本能に従って動いたらこんな事になっていた。でも、後悔の気持ちはわいてこない。
わいてきたのはちょっと笑ってしまいそうな不思議なこの感触。
唇を離すと順は唖然とした顔をしてたから、少し上の順の顔を軽く睨む。
何よ、その顔?

「そ、染谷?」
「勝手に決めないで。…とにかく、私は星奪りにいくわよ。あなたも早く行きなさい」

半分本気、半分照れ隠しで言う。

「…後、鐘二つだよ?」

まだ、呆然とした顔のまま言うから踵を返して小さく笑う。

「二つもあれば星一つ奪るのに十分よ」

さてと、さすがの先輩でも待ちくたびれて痺れをきらしてるわね。私は走りながらも自分の頬が緩んでくるのを抑えられない。……と、思ったら

「染谷!」

また、順に呼び止められた。私は走りながら肩越しに振り返る。

「あたしもちゃんと星奪るからね!」

宣言すると順も凄い勢いで自分のエリアへと走っていく。途中で向こうの方から『よっしゃー!』って声がしてまた笑ってしまった。

エリアに走り込めば2対1で星奪りをしてる先輩の姿。

「先輩!」

ごぉぉぉぉーん!

後、鐘一つ。私は走ってきた勢いのまま相手の地の星に突っ込んでいく。刀はとっくの昔に抜いてある。

「ちょっ!」
「ゆかり!?」

ビビーッ!

影星の落ちる音とそれから間をおかずに今度は天の星が落ちたブザーが響く。

ごぉぉぉぉーん!

本日の星奪りは終了。その殆どは順との対決だったけど。

「…よっしゃ」

小さく小さく口の中だけで誰かさんを真似て呟いてみてまた苦笑。刀を仕舞いながら先輩は不思議そうな顔をしてる。

「すいません、遅くなって」
「それはいいのよ。遅くなったけど、星を奪るのは早かったから。…それより」

槙先輩はそこで言葉を切ると何故か嬉しそうに小さく笑う。

「何だか、嬉しそうね」
「……はい」

なんだか心がうきうきするような感じ。こんな感じ久しぶり。



 
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