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□無道綾那のスーツと静馬夕歩のドレスについて
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以前、ゆかりと話したことがあるの。
順とゆかりが別れた後、私の親友は弱音を吐いたり人を頼ったりするのが本当に苦手だから。
だけど、強がりな親友は素直には口にしてくれなかったから。

― 堂々と指にはめればいいのに

…だからかも知れない。
私だって、薬指にはめられない指輪の理由をゆかりに話せなかったのは。






「うううっ…」
「大丈夫?」

綾那のバイクは順が乗って行ってしまったし第一私のこのドレスじゃバイクに二人乗りなんて出来るはずもない。
(普段から綾那は危ないからって私をバイクの後ろには乗せてくれないけど)
行きはハイヤーのお迎えがあったけど式をあれだけ盛大に壊した人を丁寧に送り届けてくれる程、うちの親族一同は甘くない。
それに私だってお断り。

「体はまあ大丈夫だけど、スーツが…」

ドアを一人で押さえていた綾那を吹き飛ばして踏んで行った数名の人達には私がお返しをしておいた。
順を追おうとする人を遮って押し返して、それでも綾那はほとんど手を出さなくて防戦一方だったから。
『嫁の親族』に遠慮をする綾那なんてらしくない……けれど、それはきっと私に対する気遣いで。
破れてしまったスーツを気にしてるから破れた袖の一方を握ってみる。

「スーツなんていいの。それより綾那、顔とか擦りむいてるし」
「大した怪我じゃない、ちょっとあっちこっち痛むのは痛むけど」

綾那の背中を踏んだおじさんには最低でも一週間くらいは立てないくらいの勢いで投げさせてもらった。
綾那の肩を引き倒したおじさんには最低でも一週間は立てないくらいに膝を蹴らせてもらった。
綾那のスーツの袖を破いたおじさんは………うん、たぶん、一週間は顔が腫れてまともに前が見えないと思う。
あっちこっち痛む、ってその表現が控えめなのは言われなくても分かってしまって。
(綾那が本気出してればこんな風に怪我なんてまずしないのに…!)
(…だけど、それは綾那の優しさで)
ぴったりと合わせて作ったスーツを着た綾那は今さらに惚れなおすくらいに素敵で。
こっそりと、その立ち姿に見惚れていた。
だけど、今の髪の毛もぐしゃぐしゃで皺だらけで泥だらけ、袖だってボタンだって取れ放題のこのスーツ姿の方がもっと、もっと…。

「………夕歩?」
「脱がせてあげる」
「いや、ゆっくりとなら自分で脱げるから」
「動くと体痛いんでしょう、いいの」
「いや、待て、夕歩!その鋏は…?」
「破りたいけど私の腕力じゃ破けないから切るの」
「切り裂くって、そうしたらもうこのスーツ着れなくなるから」

慌てて逃げる綾那にそんなにボロボロになったスーツをまだ着る気があるのか尋ねれば『夕歩が選んで買ってくれたヤツだから』なんて返事。
…そうだね、その点でだけは私だって惜しいけど。

「いいの」

スーツを切られないように綾那が逃げるから私は自分の方へと鋏を向ける。
不思議そうな顔をする綾那に小さく笑いかけて……私は自分のドレスに鋏を入れると一気に切り裂く。

「っ!!!!ゆ、夕歩??」
「いいの、だってこんなドレスとっておきたくないから」
「あ、ああっ…」

史上最悪の結婚式に出るために買ったドレスなんてこのまま置いておきたくないから。

「……それ着てる夕歩、結構好きだったのに」

…そういう事は早く言ってよね。
最悪の日はだけどきっと最高の日になって。
何の連絡も無いのはきっとあの二人がうまく行っている証拠。
一歩綾那に近づいて二人の距離を縮めて、私がしたのは綾那のシャツのボタンを一つずつ切り取ること。
わざとゆっくりと時間をかけて。
これは綾那の服を脱がすためだけの作業では無くて、そういう行為に誘うための仕草だと。
何年付き合ってもこういう事はなんだか恥ずかしくて、真っ赤になりながら俯いてそれでもつい綾那の顔を盗み見れば綾那だって私に負けないくらいに赤くなってた。

「…ね、綾那」
「うん…」

体にまとわりつく布と化したそれを取り除けば肩やお腹の部分が鬱血していて……もっと本気で暴れてくれば良かったと後悔する。
(一週間じゃ短すぎた。一カ月くらい立てないくらいに仕返しをすれば良かった)

「大丈夫だから、夕歩」

慌てたようにそう言って私の頬を包んだ腕にもよく見たら薄く痣が出来ていて。
だけど、綾那は私の頬を包みながら『いいんだ』なんて笑っている。

― 最悪の日が最良の日に変わったんだから

押し付けられる愛情は押し付け返すことで付き返して、今度はみんなで幸せになれるように。
綾那は私には優しいから。
優しすぎるくらいに優しいから。




…だから、私の首にキスをしながら自分の指先に触れたモノについては何も言わずに。
薬指にはめられる事なく、私の首に何時までもぶら下がっている指輪の理由を綾那は尋ねないまま。
それが見えないみたいに存在しないみたいに私の胸に唇を落とす綾那の髪を撫でながら。


















……私もゆかりみたいに泣けないかも。
そんな二人の先行きを曇らせるような事を考えていた。





END?
(15/08/22)
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