B

□深夜高速
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深夜の道路を走る車の中にはただエンジン音と沈黙だけが流れていて。









― 終電逃したから迎えに来て

そう言えば何時であろうと何処へだろうと迎えに現れる恋人はまるで忠犬のようで。
さすがに今回は断るでしょう、そんな時ですら生真面目に誰かから借りた車でお迎えに来る恋人に関心しながら同時にうんざりしたのはそれでもまだ私からは離れようとしないから。

「上条さん、きれい好きよね」
「はい?…ああ、車の話ですか」

それが今では毎回車をレンタルしている相手まで知って、その人と築いてきた関係になんだか妬いてしまうまでになったのはあの付き合い始めの頃からしたら考えられないこと。

「車の中では仕事しませんからね」
「それだと家は汚いみたいね」
「綺麗好きですよ、基本は。ただ仕事に熱中し始めるとあっちこっちに物が散乱して心ここにあらずになるんで」

槙さんが脱ぎ捨ててまわる衣類を拾っていく柊さんが面白かったんです、なんて子供の頃の話を聞いて。
だから、どうしたの?なんてすら思えずに手を伸ばせはハンドルを握る手とは反対の手で私の手を握りそこにキスしてくれるから。

「…お迎え久しぶりですね」

その声の色と握った手が一瞬ゆるんだことで私の運転手さんも同じことを思い出していると伝わってきて。
振り回せば逃げ出すだろう、と。
子犬みたいな恋人をずいぶんと傷つけていたあの頃を思い出して。
傷つけるためにだけ寝ていた顔も名前も思い出せない(そもそも名前なんて聞いてないのかも)相手を恨みたくなる。

「私って最低の彼女ね」

また一瞬だけ車の中にはエンジンの音と沈黙だけが満ちて。
それから同意するように深く深く頷くから今度は私からその手にキスを落として。

「最低の彼女『だった』にしておいてあげます」
「んー。無道さん私のテクニックに満足してなかったの?」
「誰がそっちの話をしてるんですか。その点ではあなたは最初から最高ですよ、むしろパーフェクトすぎて毎回死にそうな思いをしてました」
「過去形?」
「現在進行形です」

雨の日の子犬みたいにしょんぼりと立ちつくす……立ちつくしていた恋人を思い出して。
それから浮かんだ感情が世間一般で『愛しい』と呼ばれるであろう感情だと気付いて一人で小さく笑って。

「無道さん」

それでもその言葉を口にするのは未だに抵抗があって。

「ごめんなさいね」

その言葉の代わりに伝えた謝罪の言葉に可愛い子犬みたいな恋人は(何時の間にか子犬じゃなくなっていたけど)しっぽを振って笑う。

「…あなたはずるい大人だと思います」
「現在進行形?」
「進行中です」
「無道さん、知ってた?」
「何ですか」

握られたままの手を離してハンドルに伸ばして、何か言いたげに眉をあげる人の顔を横眼で見ながら含み笑い。

「私たちの行き先って運転手さん次第だって」
「…まあ、こんなにがっつりハンドル握られてたら簡単に誘導されなおしそうですけど」
「アクセル踏むかブレーキ踏むかは運転手さんが決めるでしょう?」

戯れの言葉を吹きかけて、また恋人を試している……試してしまう自分に気付いて。

「昔から一つだけ変わらないことはありますよ」

ハンドルを握っていた手をまた握って、私の手をハンドルから離させて。
車は腹が立つ程に安定したまま、運転手の心情を示すように穏やかに走り続けるまま。


「あなたを愛してる、ってことです」


試さなくても大丈夫、そう示すから。








「………どっちがずるいのよ」











『私』をことごとく壊した責任、ちゃんとあなたがとってよね。



























「…祈さん」
「何でしょう?」
「すいませんけど、その頬にちゅっちゅっやるの危ないんで止めてくれませんか」
「ほら、運転手さんは前見て前」
「いや、だから!ベルトはずして何するつもりですか!」
「ねぇ、無道さん賭けない?」
「嫌な予感しかしないんですが何ですか」
「家に着くのと無道さんが終わるのどっちが早いか」
「…後5分くらいで着きますけど」
「うん、余裕ね」
「これ、槙さんの車なんですけど……」
「斗南さんたちも使ったことあると思うから大丈夫」
「…………今、心底萎えたんでたぶん5分以上かかりますよ」
「寄り道する?」
「しませんよ!さっさと帰ってベッドに行きますからね」





END
(15/03/18)
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