短編
□主人の正体について
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「ね、どうだった!?新入り、イケメンだった!?」
『うーん…まぁイケメンだったよ?…ただすんごい極悪面だったけど…』
翌日、昼食をとりながらゆっくりとした時間を過ごす。
勿論話題は昨日のこと。昨日は夜遅くまで酌をさせられていたために、友達に深く問い詰められているという訳である。
「昨日はあんたが何時になっても帰ってこないからリーダーカンカンだったよ?ま、ライ様の部屋に居たって聞いて一瞬で縮こまってたけどね」
『えぇ…また私目ぇつけられたらどうしよう…。ほんと、昨日はなんともなかったんだからね?全然喋らないし…ああ思い出しただけでも恐ろしい…』
「あっはは!でもたしかにペラペラ喋りそうなタイプじゃなさそうだもんね。ちなみにジン様はよくお話しなさるけど」
『それはそれで意外なのよねぇー…。…っていうか、大丈夫?なんだか顔色悪くない?』
いつも元気の良い友達の顔色が少しだけ悪そうに見えて声をかける。すると友達はそーお?あ、口紅塗ってないからかも、と首を傾げた。
食事を終え、あったかいお茶でも飲みながら残りのお昼休みでも過ごすかーと談笑していたところ、急に背後から刺々しく声をかけられた。
「ちょっと、瑠璃」
『はぁい…なんでしょう?お疲れ様です…リーダー』
お昼から面倒な人に声をかけられた、と思いつつ笑顔を装って振り返る。私の前に座っている友達は不快感を隠そうともせず睨み付けるようにリーダーを見上げていた。
「今日の夜ライ様がお食事を希望なさってるから」
『…え…いやあの私…今日食事当番じゃないんですけど…』
「だからッ!ライ様がアンタを指名してるのよ!!」
いやそんなこと怒鳴られましても。…っていうか…何?ライ様がなんだって?
「そういうことだから…忘れたら承知しないわよ」
『は…はぁ…了解しました…』
ずかずかと機嫌悪そうに去っていくリーダーの背中をポカンと見送る。
「何アイツ、まーたイライラして。アイツいつまでここにいるのかなー。いい加減あの歳でメイド服着るのやめろっての。…そんなことよりっ!!瑠璃!!アンタやったじゃない!!」
『へ…?何が?』
「ライ様にご指名いただいたんでしょ!?それってアンタのこと気に入ってくださったってことじゃない!!」
『え…いや、気に入られたとかじゃ』
ないと思う…。と少々ぼんやりしながら返事をするが最早友達には聞こえていないようである。気に入られた?…ないない。昨日したことといえばただお酒を注いだくらいだ。先ず殆どなにも喋ってないし。
『ふぅ…どうしよう。またあの沈黙の中に飛び込んでいかなきゃいけないの?』
「沈黙ねェー…。今日はアンタから話しかけてみれば?様子みつつ…だけど」
『様子みつつ…ねぇ…。うん!ちょっと頑張ってみようかな。これじゃもう小姓みたいだね…』
なんとなく漏らした言葉に、友達はピクリと反応した。
「小姓…か。ね…アタシが言うのもなんだけどさ。あんまり深入りしちゃだめよ?なんだろ、やっぱり組織の人たちって…私たちとは違うじゃない?だから駄目だよ。絶対に駄目」
『う、うん…分かってるけど…。どうしたの?なんか変だよ…?』
いつものような軽い雰囲気ではなく、真剣な声、それからどこか…寂しそうな顔。
アタシは瑠璃が大好きだからね!心配なだけ!と笑顔で言って立ち上がり、食器を片しに行く友達を慌てて追いかける。
どうしたんだろう…?
小さな疑問が浮かんだが、それはいつもと変わらない笑顔と、日々の喧騒に紛れ込み見えなくなっていった。
コン、コン、コン、コン…
静寂を破るようなノックの音が響く。
…とうとうこの時間がきてしまった。
時間は夜の9時ジャスト。指定された時間ぴったりである。
今日は急に扉を開けられたりしないように少しだけドアと距離を置く。二日連続で扉を当てられたりしたらたまったもんじゃない。
…遅いなぁ。
昨日に引き続き、なかなか出てこない。だけど私は騙されない。これで扉の近くに行こうものなら昨日の二の舞になるのが目に見えている。
またお風呂に入ってらっしゃるのかな…。
…全く、自分で時間指定したんだからその時間くらい部屋にいなさいよ…。
あまりにもでてこないことに少しイライラし始め、声をかけようとした時だった。
「すまない…待たせたか?」
『…っ!!?…び、びっくりしたぁ…』
本日二度目の背後からの声。あまりの突然さにびくっと肩が跳ねてしまう。…いや別にびびったりした訳ではなく純粋にちょっとだけびっくりしただけだから…うん…ちょっとだけね。
仕事が長引いた、と小さく呟きさっと部屋の鍵を開けるライ様。一応決まりなので、お部屋にお食事をお運びしても構わないですか?と尋ねると頼む、と短く返される。
食事を机に並べていると何故かシャワーの音。…うん?これは私にどうしろと?
いつもなら食事を並び終え次第帰るのだがわざわざ指名までされて勝手に帰るのは駄目だろう。
勝手にソファーを拝借するわけにもいかず、ぼーっと立ちすくんでそろそろ足が疲れたなぁ、とぼんやり思っていると瑠璃、とどこからともなく声が聞こえ、部屋を見渡した。
「瑠璃、すまないがそこの服をとってくれないか」
ひょっこりと浴室(たぶん)から顔を出してライ様が言う。視線の先にはくちゃっと丸められた服があった。
昨日もそうだったけどどうしてこの人は服を脱衣所に持ち込まないんだろう。もしかしてそういう性癖?なんて思いつつ服を拾い上げ、脱衣所に持っていこうとする。
すると服の間からするりと何か、手帳のようなものが滑り落ちた。
『………?』
落ちたものを拾い上げようとしたとき、見慣れない文字が目に入り思わず眉を顰めた。
…FBI?
何、コレ…?偽装?それとも本当に…?
気にはなったが自分の踏み込むべき領域ではないと思い直し、それを拾い上げて顔を上げる。
『………っ!』
すると、いつの間に来ていたのか…私の目の前にライ様が立っていて思わずたじろぐ。
「どうかしたか?」
『あ…いえ…お洋服を…お持ちしようと』
「見たな?」
『え…あの…何のことでしょう…』
問い詰めるような言葉とは裏腹に、何故か楽しそうに聞いてくるライ様。え、どうしよう。私もしかして殺されたりするのかな。大体そんな大事なものならあんなところに置いとくなよ!そしてそれを私に取らせるなよ!!!
「見たんだろう?」
『や…あの…ライ様…お顔が近いです…』
俯き加減な私の顔を覗き込むように顔を近づけてくる。鼻と鼻がもう少しでくっついてしまいそうな距離。ドキドキする。勿論恐怖的な意味で。
必死に視線を逸らしているとピン、と額を軽く小突かれた。
地味に痛んだ額を擦りながらライ様を見上げると、どこか不服そうな顔。
「気に入らないな…その呼び方」
は?呼び方?でもあなたはライ様であってライ様以外の何者でもないと思うんですが…。
……あ。
不意に昨日言われたことを思い出し、声をかける。
『申し訳ありません…ご無礼をお許しください…秀一様』
そうだ、何故か分からないけど秀一って呼べって言われてたんだ。
取り繕うように言えば不敵な笑みを浮かべ、今日も酌をしてもらおうか、とどかっとソファーに座り込む。
…なんだかよくわからないが、とりあえずは殺されないで済んだようである。
それでは気が変わらないうちにと酌をしてやる。お前も呑むかと言われたが仕事中ですので、と首を横に振る。
「誰にも言うなよ?」
唐突に言われ、思わず何のことでしょうと聞き返しそうになったがもう今更嘘を吐いても同じだろう。かしこまりました、と一拍置いてから答える。
…結局今日もお話をすることはできず、解放されたのはすっかり夜も深まった頃であった。
…弱みを握ってしまった。
食器を片付け部屋を出てから、瑠璃は面倒なことに巻き込まれてしまったと、深く深く溜息を吐いた。
141010
続きます