ペット

□ペットの正体は把握しておくべきです
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「歯ブラシ、服、下着、…ま、ざっとこんなもんでしょうか」

『下着!?安室さんのエッチ!』

「…追い出されたいんですか?」

よく晴れた次の日、ふたりは美奈の身の回りの物を買うためにデパートに来ていた。

『ありがとうございます!お金はキチンとバイトして返しますから!』

にっこり、その場がぱぁっと明るくなるような笑顔で言われ、一瞬たじろぐ。

「…別に、大した額ではありませんから」

そのあまりの可愛らしさに直視できなくなって、視線をぱっと外せば駄目ですよ!と下から覗き込むように言われる。
…上目遣いとか意識してないんでしょうねぇ…。

無防備なその顔に気付かれないようにため息を吐く。

『あ、でもバイトかぁ…そろそろ探さなくちゃ。あと、学校どうしよう…』

あぁ、そういえば彼女はまだ高校生だったか。

「学校なら、君が望むのなら転入手続してあげますよ」

『え?でも、その…私って身元不明…だし』

ちらり、と僕の方を伺う美奈。身元不明というか隠してるだけ、というのを一応気にしているのだろう。

「それならなんとかなりますよ…。僕が保護者、という形にすれば」

『えぇ…安室さんがお父さん?嫌だなぁ…』

失礼なことをさらりと言う美奈に軽くデコピンをくらわせてやる。こっちは気をつかって言ってるというのに…。

『いだぁ!!もうっ!どうして叩くの!』

「叩いてません。指が勝手に弾けたんです」

『勝手に弾けた!?どんな指の構造してるんですか!』

デパートを出て、ぷらぷらと帰り道を歩いていると、はたりと美奈の動きが止まった。

「美奈?」

美奈はある一か所を見つめて固まっていた。視線の先には人だまりが。どうやら中心ではケンカが起こっているようだ。

「殴り合いですか…早い目に警察に…美奈?」

ぎゅう、と僕のシャツにしがみつき、かたかたとわずかに震えているようだ。

「どうかし…」

『か、帰りましょう…っ!お願い…っ!』

その尋常じゃない怯え方にさっと美奈がそのケンカの場所から遠くなるように立ち位置を変え、見えないように肩を抱いてやる。

細く、小さな肩は相変わらず震えていた。

「…もう、見えないですよ、あのケンカ」

『…………』

ケンカが見えなくなったのに未だ震え続ける肩。何かに怯えたような青い顔。一体彼女は何に…。考えを張り巡らす。

あの場所にいたのは中心に男が二人、たしか20代前後の若造だったな…。
周りには野次馬が沢山いて、でも特に不審な人物は…。

『きょ、今日はありがとうございました』

まだ微かに震えているくせに、無理に笑顔を装う姿にまた、ぱちんとデコピンをくらわせる。
僕の前で無理しなくてもいいのに…。
そんな思いが微かに浮かび、自分の単純さに苦笑いを浮かべる。

「さ…、今日の夕飯は何がいいですか?」

『ゆ、夕飯ですか?そうだなぁ、フカヒレスープとキャビアと…ぁ?』

またとんでもなく的外れなことを言う美奈に呆れた目をむければ、本日二度目の固まる姿。
いや、今回は固まるというより唖然、のほうが近いのだが…。

「また何か?」

『あ、いや、…知り合いがいたような気がして』

「知り合い?」

『気のせいかなぁ…。こんなところにいる訳ないか』

なんだかどこかでみたようなやりとりに軽くデジャヴを覚えながら、家路につく。

『わぁ、綺麗な夕日…』

オレンジ色に染まった空を見ながら感嘆を吐く美奈に倣って空を見る。
…夕日が綺麗、だなんて意識したこともなかったな。
でも確かにその空は綺麗で、今までどうして気が付かなかったんだろう、と。
…いや、気付けなかったのか。

「…綺麗ですね」

オレンジ色に顔を火照らせてはしゃぐ美奈をちらりと横目で見る。

綺麗なものを素直に綺麗と思える…君の純粋さが。

その、美しい心を、こちら側の世界に引き込んで大丈夫なのだろうか。
綺麗なものを綺麗だと気付けない、汚れた世界に…。


『私、夕日って大好きです。一日の終わりって感じがして…。悲しい日も、楽しい日も、辛い日も、苦しい日も…全部夕日見たらどうでもよくなって…ちょっとだけ切なくなる』

「切ないのに、好きなんですか?」

『綺麗で、一瞬でなくなってしまうでしょ…。だから、好き…』

夕日に溶けてしまいそうな顔。彼女は一体何を思ってこの夕日を見ているのだろう。
なんだかこのまま夕日に溶けてしまうような気がしてそっと肩に手を回す。

『…安室さん?』

「…部屋に戻りましょう?」

ごねられると思ったが、意外とすんなり言うことを聞いて部屋に戻ってくれる。
きゃいきゃいと夕飯はなんだと騒ぎ、おいしそうに夕飯を平らげる美奈の姿に少しだけ安堵する。

こんなに子供っぽくて、何も考えていない馬鹿にみえるのに…
時々、はっとするくらい大人な物言いや、顔をする…。
ふと、帰る場所なんてありませんよ、と漏らした昨日のことを思い出す。
あの時も、そうだった。
これは、早急に身元を調べなければ、厄介なことになるかもしれない…。
ごちそうさまでした!と満足そうに言う美奈にふっと小さく笑みをもらした。


140813

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