ペット

□ペットはきちんと見張っておきましょう
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『ねぇっ!安室さんっ!今日!お祭りがあるって知ってました!!?』

「えぇ…まぁ、知ってましたけど…」

『行きましょう!行きたいですっ!お願いしますっ!』

きらきらと子供のように瞳を輝かせて言う美奈の姿に、仕方ないとため息を吐いた。

「…その代わり、僕から離れないこと。いいですね?」

美奈ははいっ!と元気よく返事をして大急ぎで服を着替えに行った。

8月もそろそろ終盤。時の流れは速いものだと窓の外へ視線を向けた。










『あーっ!あれ、最近流行ってるナントカウォッチですよ!たしかあの猫ちゃんはジバ吉で、あとそれから…』

人波の中、僕の隣で楽しそうにはしゃぐ美奈に思わず頬が緩む。

「お祭り、初めてなんですか?」

『はいっ!ずっと行きたいと思ってて…』

色んな屋台を見ているだけで楽しいようで、これほどまで喜んでくれるのなら連れてきた甲斐があるというものである。
途中、チョコバナナを買ってやるとそれを口いっぱいに頬張り、ナニを思わせるその姿は殺人兵器に値するほどだ。

『んーーっ!おいしっ!このチョコとバナナの絶妙的なハーモニーが…』

「…分かったから、早く食べなさい」

ぱく、とそれを咥える姿をあまり他の人に見せたくなくて、早く食べるように促す。
するとはい!とそれを僕の口元に差し出される。

『安室さんもどうぞ!』

本当にただの善意なのだろうが、僕を惑わすその姿に気付かれないようにため息を吐きながらそれを口にした。

「…おいしい」

『でしょっ!…あ、金魚掬いだぁ…』

ちらりと横目で僕を見る美奈に、敵わないと言ったように財布を取り出す。
…全く、目で人を遣うとは末恐ろしい高校生である。

『金魚にねっ名前を付けて買うんですっ!名前はもう決めてるんです!鈴木と田中!』

「…随分日本風な名前ですね」

えへへーと笑い、渡されたもので金魚を掬おうとするが逃げられてしまう。
あれー?逃げないでよ!田中!と憤っているが、どうも勝手がよく分かっていないようで、このままでは破けてしまうとため息を吐く。

「…へたくそ」

『…じゃー安室さんがやってみてくださいよ…』

聞こえないように言ったつもりだったがしっかり聞こえていたようだ。
隣に座って教えてやりたがったが混雑しているために叶わない。
仕方ない、と後ろからそっと美奈の手に自分の手を重ねる。

「いいですか?そんな乱暴にしちゃ金魚さんだって驚いて逃げちゃいます…だからこうやって静かに動かして…」

『金魚さんじゃない…田中…』

「はいはい…それから、紙の真ん中は重くなって破れやすい…だからこうして端の方で…」

ひょい、と紙の網を持ち上げるとなんなく捕まる金魚。それを見て美奈はわぁ、と歓声をあげた。

「分かりました?…じゃ、鈴木さんは君が…」

『違いますっ!さっき安室さんが掬ったのが田中です!』

「…そうですか」

狭い屋台ゆえに、密着した身体。時折香るシャンプーの香り。これ以上は生き地獄だと身体を離そうとすれば唐突に振り向き、僕を見つめる瞳。

『じゃあ!安室さんのために木村を掬いますね!』

…誰だ、木村って。意味不明な発想に思わず笑みがこぼれる。

美奈は僕の教えたとおり、ぎこちないながらも丁寧にゆっくりと金魚の下に紙の網を滑り込ませる。

タイミングを計り、それっ!と一気に網を持ち上げるが、ふやけた紙では金魚を支えきれず、水しぶきをあげて木村(?)は水の中に帰った。

『木村ああああああ!!!!』

…結局、木村を掬う前に紙が完全に破れ、僕の掬った田中だけをもってかえることになった。
美奈は少々不満気だったが、一匹でも手に入ったことで気を取り直したようである。

『うー…田中ひとりになっちゃった…』

「持って帰るからにはちゃんと育てないと駄目ですよ?」

『はいっ!任せてください!』

「…ところで、どうします?花火を見てからかえりますか?」

『…ハナビ?』

きょとんとした顔で返してくる美奈にこちらまできょとんとしてしまう。

『ハナビ、って…まさか、Fireworksですか?』

「え?…あぁ、そうですけど…」

何故急に英語が飛んできたのか、と隣を歩く美奈の方を見るが、何故かその場に美奈の姿は無かった。

「……美奈?」

名前を読んでみるが、返事はない。
人波に紛れていて、上から探すこともできない。

「あのバカ……」

眉間に皺がよりそうになるのを必死にこらえ、あたりを見渡し美奈を探した。








『……あれ?』

さっきまで、私の隣に安室さんがいたのに…どこにいっちゃったんだろう。
次々に押し寄せてくる人波に少しだけ不安になる。

「…君、いくつ?可愛いねぇ」

『…はい?私ですか?』

急に見知らぬ男の人に話しかけられ、全身が固まる。

「名前は?教えてよ」

『し、知らない人に名前は教えちゃいけないって言われてるので…』

「なにそれギャグ?おもしろいねぇ。そんなことよりさ、お兄さんとキモチイイことしない?」

『は?キモチイイことですか…?ご遠慮いたします…』

「ねーねーいいじゃん。暇なんでしょ…」

『お断りいたします!!!!』

不意に肩に手を乗っけられ、振り払うように走り出す。それはもう闇雲に。それでもあの人が着いてきているような気がして人けのない河川敷までわき目もふらず走り続ける。

『…はぁ…っ…怖かった…』

開いている場所に腰をおろし、深く深呼吸をする。
…安室さんとははぐれちゃうし…携帯は置いてきちゃったし…これからどうしよう…。

手に持っていた金魚の入った袋を目の前で揺らしてみる。

『ごめんねー…振り回しちゃったかな…』

中では元気そうに田中が泳いでいて、ほっと息を吐いた。

『あなたと一緒だよ…私も…ひとりぼっち…さっきまではみんないたのにねぇ…ごめんね…』

「あ!美奈おねーさんっ!」

『…歩美ちゃん?』

河川敷の上から子供の声が降ってきて思わず上を見上げる。
するとそこにはこの間の子供たちとなにやらお腹の出たオジイサンが立っていた。

「美奈お姉さん!こんなところで何してるの?」

『あっと…その、一緒に来た人とはぐれちゃって…』

「迷子かよ!こんなところで一人でいたらあぶねーぞ?」

「元太君、美奈さんに向かって迷子とは失礼でしょう。せめて迷大人と言うべきです」

『いやどっちも嫌なんだけど…。あれ、そういえばコナン君と哀ちゃんは?』

「哀ちゃんの体調が悪くって…それで付き添いでコナン君も家に残ってるの!」

「灰原さん、大丈夫でしょうか?…一緒にこれたら良かったのに…」

「まぁコナン君もついておるし大丈夫じゃろう。そんなことよりはじめましてじゃな。デパートで事件があったとき、子供たちがお世話になったようで…」

『あ、いえ…むしろお世話になったのは私の方で…初めまして。笹原美奈です』

「ねぇっ!そんなことよりその一緒に来た人、探さなくていいの?」

『あ、うん…でも動き回ったら余計見つからない気が…』

「じゃあ俺たちで探してやろうぜ!…ん?誰かがこっちに走ってくる…」

「本当だ。誰でしょう?」

「…あ!あのイケメンのお兄さんじゃない?」

『…イケメンの、おにーさん?』

歩美ちゃんたちの視線の先をみると、走ってこっちに向かってきてる安室さんの姿。

「やぁ君たち、こんにちは」

「こんにちはー!…あれ?もしかして美奈お姉さんの一緒にきていた人って…」

「あぁ、僕だよ。見つかってよかった…」

不意に安室さんの鋭い視線が私を捉えてどきんと心臓が跳ねる。…怒ってる。めちゃくちゃ怒ってるよ…この人…。

「なんだよー。少年探偵団の出番なしかよ」

「まぁまぁ、何がともあれ無事に見つかってよかった。ほれ、早く遊びに行かないと売りきれになってしまうぞ?」

「っあー!歩美ジバ吉のお人形とりにいかなきゃ!みんな、いこうよ!」

「そーだな!うな重もたべねーと!」

「うな重はないと思いますよ…」

「じゃあ、また今度ね!美奈お姉さん!安室さん!」

慌ただしく去っていく子供たちに手を振って、さぁこの場所から逃げ出そうと背を向け踏み出す美奈の肩をがしっと掴む。

「どこ行くんです?」

『え、えっとー…その、と、トイレに…』

嘘なのがバレバレである。無理矢理視線を合わせるとびくっと怯えたような瞳をむける美奈。

『…ごめんなさい…』

震えた声で言葉を吐き出す美奈に許してやりたいと思うがきちんと言わなければいけない。

「僕から絶対離れないと、約束しましたね?」

『…はい……』

「…次、同じようなことがあれば、もう家からだしませんから」

『ごめんなさい…』

それでも尚震え続ける美奈に溜息を吐き、頭を撫でようと手を上げれば、目を見開きがたがたと尋常ではないくらい震えだした。

「美奈…?」

『…っごめんなさい…っごめんなさい…っ』

大粒の涙をこぼし、過剰に哀願する美奈を見ていられなくなって抱きしめる。…一体なんだというのだろう。そういえば…こんなこと、前にもあったような。

「美奈…もう、怒ってませんから…ほら、座りましょう?」

頭を撫でながら優しく言ってやれば、青い顔のままゆっくりと腰を下ろす。
未だ青い顔のまま微かに震えている美奈になんて声をかけていいのか分からずにいると、視界が急に明るくなった。

「あ……」

そして、遅れて響く重低音。花火が始まったのだ。美奈の方を見ると、驚いたように花火を見つめていた。

『…………』

「…花火、始まりましたね」

『…お空…お花…』

「え?」

『先生が…教えてくれたんです…日本は…夏の夜に…お空に…大きなお花が咲くって…』

美奈は呆然と花火にみとれていた。先生、その言葉に引っ掛かったが、数学の先生なのかどうかは聞かないでおいた。

『本当に…綺麗…。安室さん、今日はありがとうございました』

闇に溶け込みながらも花火の光に照らされた横顔は、酷く綺麗で、酷く儚げで。
僕の知らない美奈がそこにいるみたいで、思わず君に手を伸ばした。

『安室さん?』

「…………」

それでもやはり、何かが僕の邪魔をする。
伸ばした手をひっこめ、花火に視線を戻す。

儚く散っていく花火をぼんやりと見ていると、ずしっと美奈が寄り掛かってくるのが分かった。どうやら寝てしまったようである。

「…美奈……」

いっぱい走って、いっぱい泣いて、いっぱい遊んで…今日は疲れたのだろう。
未だ涙の跡が消えていない頬をなぞり、そっと額に唇をおとす。ばれないように。起こさないように。
…こんな気持ちになるなんて、ね…。
どんどんと響く爆音が、鼓動と重なり苦しくなる。

あどけない寝顔に癒されながらも、頭の隅では昨日見つけたある資料のことが気がかりになったいた。




140913

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