ペット

□ペットと昔話U
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「それで?」


一瞬の沈黙のあと、不意に声をあげた秀一先生の方を見る。


「お前は今どうしてるんだ。どこに匿ってもらっている?」


相変わらずの調子で、顔色一つ変えず話し出す先生に、はぐらかされた、と小さく溜息を吐く。


『……ここに逃げてきたときに、男の人に匿ってもらったの。今もその人の家に…』


「名前は?」


『安室透さんっていう…丁度秀一先生くらいの男の人…』


矢次に質問してくる先生に、若干むくれながら答えれば何故か怖い顔をする先生。


「その男…大丈夫なのか?」


『え?うん…別に、優しくていい人だけど?』


苦虫でも噛み潰したような顔で黙り込んでしまった先生の顔を覗き込む。


『先生…?どうしたの?』


「美奈…、FBIに匿われる気はないか?そうすればよっぽどのことが無い限りお前の家の追手に気づかれることはないし、それに向こうにはお前の大好きなジョディやキャメルもいる…。アメリカ暮らしを続けてきたお前にとっては日本よりも向こうの方が過ごしやすいだろう…」


『でも…先生は日本に残るんでしょ?変装までしてるんだし…』


「あぁ…俺にはこっちでしなければいけないことがあるからな…」


『だったら…。ジョディ先生たちと過ごせるのはそりゃ…楽しそうだけど…。私は…秀一先生と…日本にいたい。それに…私ね、結構こっちの生活も気に入ってるんだよ?ハナビ見たり、学校に行ったり…、友達も、思い出もいっぱいできたよ。だから私はここに残るよ』


秀一先生は少し驚いたような顔で私を見た。どうしてだろう。私何か変なこと言ったのかな?


『どうしたの…?何か変なこと言った…?』


「いや、…変わったな、お前」


『…………』


「昔は言われたことをただしているだけの典型的お嬢様だったから…驚いたよ。そんなに…」


そんなに…安室透がお前に影響力を与えているのか。

喉まで出かけてきたその言葉はなんとか飲み込んだ。

美奈はそんなに…何?と不思議そうな顔をしているが知ったこっちゃない。

それでもやはり、匿われている相手が安室透というのは…心配だな。

込み入った事情を抱えているこの娘を利用でもされたらたまったもんじゃない。

…仕方ない……。


「美奈」


返事はせず、顔だけを上げる美奈。


「俺はFBIだ。お前を保護する義務がある。だがお前が日本に居たいのに無理やり引き取るほど俺たちも薄情じゃない。だが、お前を匿っているその男が本当に安全なのか分からない。だから俺たちはそんな男にお前を預ける訳にはいかない」


美奈は悲しそうな、寂しそうな顔をした。二人を強引に引き離すのは簡単だがそんな顔をされては…。
自分のなかにモヤモヤとした何かが広がり、それを振り払うように溜息を吐いた。


「…そこでだ。今から俺と取引…いや、賭けをしようじゃないか」


『賭け…?』


「俺が今からお前の携帯でその男に電話をかける。俺はそいつにちょっとしたヒントをやる。そいつがそのヒントを手掛かりにこの場所を割り出し、此処に来たらお前の勝ちだ。ただしタイムリミットは17時まで」


ちらりと美奈は腕時計を見た。16時30分。あと半刻しかない。


「お前が勝ったら俺はそいつを認めてやる…。お前が日本に残り、今まで通りその男と過ごしたり、学校に行ったり自由にすればいい。ただし、お前が負けたらその時は大人しくこちら側にきてもらう」


美奈は視線を落とし、少しの間悩んでいたようだがとうとう腹を括ったように携帯電話を取り出し、俺に差し出した。


『…分かった。ズルは…なしだからね』


携帯電話を受け取った俺は、静かに外へと出て何度も電話のかかってきている「安室透」にリダイヤルボタンを押した。
















街中を走り回って聞き込みをしている最中、ズボンの後ろポケットに入っている携帯が鳴った。

急いでそれを取り出し、ディスプレイを見る。―笹原美奈。逸る気持ちを抑えて通話ボタンを押す。


「もしもしっ!美奈っ!!」


電話の向こう側からはなにも聞こえない。注意深く向こう側の音を聞き取るが声らしきものはなにも聞こえない。

10秒ほど、無言が続いたところでブツリと電話が切れた。

不審に思いながらもう一度電話をかけてみるが、既に電源が切られているようでそこからは繋がらなかった。


「………っ」


募るのは嫌な予感。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせ頭の中で今までのことを整理してみる。


始めに美奈から電話がかかってきたとき、会話が途切れても暫くは通話状態になっていて…。
もし彼女が追手に追われていたのなら、電話をしていたのだから助けを求めていたはずだろう。

それに今の無言電話…。彼女じゃない誰かがかけたかどうかは分からないけど…もし追手に捕まえられていたとしたら携帯なんてとっくに取り上げられていると思うが…。


はぁ、と大きく溜息を吐いた。もうすぐ日没。暗くなってしまえばこちら側の状況はどんどん悪くなってしまう。

…大体、どうして僕が…あんな居候の面倒をここまでみなければいけないのだろうか。

出会いはなんでもない…ただ、ぶつかっただけ。
だけど…今までだってそう。なんの関わりもない少女に肩入れせずにはいられなかった。

どうしてだろう。

だったらいっそのこと、もう探すのもやめてしまえばいいんじゃないか。

そうすればもうこれ以上彼女の面倒を見る必要もなくなるし、僕と彼女との関係も清算できる。

別に特に彼女の存在を邪魔だと思ったことは無かったが、これからの僕の仕事のことを考えると…僕の傍に置いておくのは危険だというのは間違いない。

それに僕がわざわざ彼女を見つけなくても…いずれ彼女の追手が見つけてくれるだろう。

どんな理由で家出をしてきたのかは分からないが、今まで相当優雅な生活をしてきたはずだ。それなのに日本でこんな庶民的な生活を送って…本当に彼女は幸せだったのだろうか?

多少の家の“縛り”は我慢してでも、やはりお嬢様はお嬢様として過ごした方が幸せなんじゃないか。



紅く染まった空は、少しずつ、闇に覆われてゆく。
寂しげに赤い瞳を浮かべた夕日は、もう既に、沈もうとしていた。





150112

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