ペット
□ご主人様の情報収集
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「……ん、……ちゃんっ!美奈ちゃんっ!」
『ほぇ』
帝丹高校、お昼前の英語の時間…。
「当てられてるってば!」
『えっ…どこ?蘭ちゃん助けてぇ…』
「ホラ、上から3行目の…」
『えっと…I am……』
「…どうしたんだよ?なんか今日ぼおーっとしてるよな」
『んんー…そんなことないよ…』
「…虚ろに空を見上げる瞳…零れ落ちる溜息…これは間違いなく…恋ねっ!!」
『へぇぇっ!?』
「フフフ。この推理クイーン園子様の目は誤魔化せなくってよ!!オーッホッホッホ!」
「え?そうなの美奈ちゃん?」
「なんだよー、そういうことならもっと僕たちに言ってくれればいいのに!で、誰なんだよ?このクラスの子なのか?あっ!僕とか言わないでくれよ?」
のどかなお昼休み。
弁当を囲んだ4人の女子高生は女子高生らしく“恋バナ”なるものをしていた。
『だーからっ!そんなんじゃないってば!!』
「じゃーなんなのよ?誰かとキスでもしたの?」
『キッ!?』
あまりにも唐突に…そして、名推理とも言える園子の発言に、美奈は思わず食べていた卵焼きを吹きだしそうになった。
「…何?もしかしてマジなの…?」
『ち…っ違…っ!!そ…っそういう訳じゃな…っ!』
「ますますアヤシイな…」
「あ、でも私昨日の夕方美奈ちゃん見たよ?誰かと歩いてたような…」
「も、もしかして男なんじゃ…」
『ゆーがた?だったら安室さんかも…』
「安室さんって…もしかしてあの安室さん!?どうして…」
『え?蘭ちゃん、安室さん知ってるの?』
「うん…お父さんに弟子入りしたし…それに私の家の下のポアロで働いてるから…。美奈ちゃんはどうして?」
『ん?私、安室さんのお家に住んでるから…』
「えぇっ!!?アンタまさか…同棲…っ!?」
『んー。いろいろあってね。安室パパって感じかなぁ…』
「安室パパって…アンタねぇ…」
「大丈夫なのか?安室って人…まだ若いんだろ?」
『うん?大丈夫って?』
「この子が本気で心配になってきた…」
キーンコーンカーンコーン……
昼休みを終えるチャイムが鳴り響き、それぞれの席に戻る。
この間の席替えで窓際の席になった美奈は、ぼんやりと高い空を眺めていた。
……私、安室さんのこと…何も知らないんだなぁ…。
そんなことを特に深く考えたこともなかったけれど…。
安室さんは私のことなんでも知ってそうだけど…私は…?
安室さんが普段何をして、どこで働いて、どんなものが好きで、どんなものが嫌いで…。
よく考えたら、何ひとつとして答えられない。
…………。
………知りたい。
心ここにあらず状態のまま放課後になり、とぼとぼと家路につく。
どうしてだろう…先生のことは好きだったと思うけど…だけど、こんな風に知りたいって思ったことはなかった。
というより先生はいつも余裕満載の大人で…私なんかじゃ到底理解できないというか…なんだろう。私には手の届かない人っていうか…。
…じゃあ、どうして安室さんのことを急に知りたくなったんだろう?
「美奈!」
名前を呼ばれて振り返れば、手を振りながらこちらに走ってくる安室さん。
『安室さん!…なんでここに?』
「丁度バイトが終わったので…これから夕飯の買い物に行くんですが、一緒に行きます?」
『うん…行きます…』
「………?」
不思議そうに自分を見つめ、スーパーに歩き出す美奈の後姿に安室は少し違和感を感じた。
いつもなら…じゃあアイスクリームとお菓子!!なんてねだってくるのに…。
そしてその違和感はスーパーでも…。
「今日は何がいいです?」
『………安室さんが好きなのでいいですよ』
明らかに何かが可笑しい。
「美奈?どうしたんだい?」
結局美奈の好きそうなものを買って、スーパーから家への道を歩いている途中、とうとう耐え切れなくなって、安室は切り出した。
『えっ!?何がですか?』
「いや…明らかに何か…不自然な感じがしたから…」
驚いたように僕のことをじーっと見つめ、やがて恥ずかしそうに前へ視線を戻す美奈。
『その…あの………。…私…、安室さんのこと、なんにも知らないなぁ、って思って…』
言ってしまった。と美奈は思った。
取りあえずはとスーパーで安室さんが好きなものは何かと頑張って観察してみたけど、特にこれだと分かったことは無かった。
そんな大した質問じゃ無い筈なのに、安室さんにそんな真剣な目で見られたら、なんだか気恥ずかしい。
夕陽を見つめながら、少し気まずい沈黙。あぁ、やっぱり言わなければよかったかなぁ…。
ふと隣を歩いていた安室さんが歩みを止める。
どうしたんだろう、と振り返り、安室さんの方を見る。
『安室さん?』
黙ったまま私を見つめる安室さん。一体どんなことを考えているのだろう。やっぱり私には、分からない。
「…知りたいですか?」
『え?』
「僕のこと……」
不意にこちらに伸びた安室さんの手が私の頬を撫でる。くすぐったいのに、安室さんの真剣な瞳から目が離せない。
『…安室さ……?』
ピリリリリリッ!!
沈黙の雰囲気を破ったのは、けたたましい携帯のコール音。私の頬から手を離し、安室さんが電話にでる。
「はい、僕です…あぁ…今ちょっと…」
ちらりと私を見る安室さんの視線に、何か含みがあるような気がしたのは、気のせいだろうか?
普段では見ることのないような、真剣な顔で電話の相手と話す安室さんに、きっと聞いちゃいけない話だろうと悟る。
声に出さずに先に帰ると伝えると、安室さんは申し訳なさそうに頷いた。
とぼとぼ、すぐ目の前にあるマンションへ。
…誰なんだろう、電話の相手…。
一瞬聞こえた、もしもし、と言った声は…女の人の声だった。
別に…安室さんが女の人と電話しようが…私には…関係ない、よね…。
それなのに…どうしてこんなに気になるのかな。
……。
そうして…美奈は少しのモヤモヤと、先程までのことを思い出しながら、静かに部屋のドアを開けた。
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