ペット

□それは日々変化していくものです
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強まる朝日を和らげるカーテンの下に、あの頃と変わらない無邪気な寝顔が横たわっている。

あの日の思い出は、確かに頭と心を貫きながら。そして、その視線の先には、

あの日の思い出が眠っている。





「…美奈」


間違える筈もない。幼い頃、何度彼女の名前を呼んだだろうか。何度その純粋な瞳で笑いあっただろうか。

一度気が付いてしまったら、どうして今まで彼女の事を忘れていたのかと不思議に思うほどに鮮明に思い出が蘇ってくる。


ゆっくり、ゆっくり眠り姫に近づいてゆく。意識せずとも勝手に伸びる手。触れた頬。彼女らしいその温かさは昔と何も変わらない。


『ん………』


不意に彼女が寝返りをうった。反射的に手を引っ込めるが起きている様子はない。


『お…ねぇ…ちゃ……』


…お姉ちゃん?そういえば、そういえば、昔…。


「小さなナイト君、美奈のこと…ちゃんと守ってあげてね。あの子、自分でも気づいてないくらい寂しいの我慢してるから…。それに、自分の本心をすぐ隠しちゃうクセがあるし…。できるかしら?ナイト君?」


音楽のような柔らかい声が聞こえたような気がした。思わず辺りを見渡すが誰かが居るような気配は無い。当たり前のことだ。だってこれは思い出の中の声だから――。

…そうだ、だから俺は美奈を見ていると「守ってあげなきゃ」って気持ちになってたんだ。それは小さいころからの約束、だけど破っちゃいけない大切な約束。

ゆっくりと眠り姫の手を握ると寝ぼけた瞳がうっすらと開いた。浅く光る栗色の瞳。うすぼんやりと自分が映っている。


『…コナン、君…?』


「………」


『…ごめんね、びっくりした?…少しの間だけ…居候、するんだ…ふふっ』


「…?」


『コナン君…って、すごく…しんいちに似てるなぁって…思っただけだから。あ…新一ってのは私の…そうね、私のナイトだった…人、なんだけど…』


「……知ってるよ」


『……知ってるの?』


「うん……」


息を吸い込む。今、自分は眠り姫の騎士なのだ。騎士は姫に忠実に、姫を守り、姫を王子様のもとへ。


「新一兄ちゃん…言ってたよ。美奈はちゃんと、俺が守ってやるからって。だから、美奈は自分の気持ちを抑えず解放すればいい、って」


『……ホントに?新一、そう言ってたの…?』


「う、うん。今は会いに行けないけど…俺はいつだって美奈の味方だからって…そう…言ってたよ……」


『そっかぁ……良かった…新一、嘘吐きじゃなかったんだね…良かった…』


「………」


『新一ね…守ってくれるって…約束したから…パパが、あの冷たいお姉さんが、…お見合いすることが、ただただ怖かった私を…励ましてくれたんだ…』


「……新一兄ちゃんのこと、覚えてるの?」


『当たり前じゃない…って、最近まで名前、忘れてたんだけどね…。…新一のおかげで、日本にくる決心がついたんだ。…だけど、結局私は…ここにきても逃げてばっかりで』


ゆっくりとした動きで眠り姫は身体を起こした。それから大きく伸びをして、ふ、と視線をコナンに向ける。

その瞳があまりにも透き通っていたので、コナンは一瞬どきりと心臓が跳ねた。


『…私、もう逃げるの…やめる。分かってたの…このままじゃいけない、って。でも…このままでいたかった。だけど、それももう終わり。…いや、終わりにする』


「美奈…姉ちゃん…?」


『…ありがとって新一に伝えといて。…あーあ!また新一に励まされちゃったなぁ…。私がね、日本にくる決心がついたのも新一のおかげで…、って長くなるからこの話はまた今度。コナン君もありがとね…ホント、新一とよく似てる…まるで新一と話してるみたい…』


「よ、よく言われるんだ…。そ、それでどうするつもりなの?終わりにする、って…」


『…明後日、河原で秋祭りがあるはずなの。それに安室さんを呼んでみる。こなかったら…もう…私は…覚悟を決めて、お家に従う。本当に…最後にする』


美奈はおもむろに立ち上がった。カーテンを開け、朝日を部屋に取り込む。その神聖な眩しさに目を細める。


『……自分の、本当の気持ちを伝えるのは…怖い』


「………」


『だけど…声に出さなきゃ伝わらないこともあるって…自分の気持ちから、心から目を逸らしちゃいけないって、教えてくれた人がいるから…。手遅れには、なりたくない』


「…大丈夫だよ。もしオメーが傷ついてボロボロになったって…俺は何度だってオメーを守ってやるからよ。だからそんな不安そうな…らしくねぇ顔してんじゃねーよ」


『う…うん…?』


「あ、そ、その…し、新一兄ちゃんならきっとそう言うかなって…」


へへへ、と苦笑いを浮かべるコナンに奇妙な違和感を感じながらも、既に美奈の顔に苦悩の色は無かった。


『少しだけ、このお家にはお世話になる…かな。…よし!コナン君、ケーキ買いに行こう!!ケーキ!』


「は!?どうしたの突然…」


『え?だってお世話になるんだもん、手ぶらってダメなんでしょ?安室さんが言ってたもん!』


「そ、そう…だね…」


相変わらず話の咬みあわないような会話にコナンは目を丸くしながら曖昧に頷いた。

唐突にそんなことを言いだすところや、気持ちの切り替えが気持ちのいいくらいはっきりしているところ…要するにバカなところは面白いくらい昔と変わっていない。

じゃあ早速準備しよう!と元気よく支度を始める美奈は、それでも昔とは確実に「お嬢様」から変化していた。






160112

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