ペット

□ペットの傍にはずっと居てあげましょう
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花火。


胸に刺さる痛い音が、まだ鳴りやまない。



『…もしもし?うん…美奈です。今…米花町の5丁目の近く…。はい…ここに居ます』


少し冷たい風が首を撫でる。


「…美奈ちゃん?!……あ…」


『蘭ちゃん!…えへへ、…期待、してるつもりは無かったんだけど…。…やっぱり。……』


「美奈ちゃん……」


夏が終わる気配が、身体中を駆け抜けて遠い空へ吸い込まれてゆく。


『ありがと、素敵な浴衣…見せることはできなかったけど。いつか着たいって思ってたから。…本当に、ありがとう』


「気にしないで!とりあえず着替えて…、これからどうするの…?あ、勿論落ち着くまではここで過ごしていいんだからね!…下がポアロだから、少し気を遣うかもしれないけど」


『ん、ある程度は考えてるの。蘭ちゃん…本当に、色々ありがとう。私ね、ずっとずぅっと…お友達が欲しかったの。一緒にお弁当食べて、くだらない話をして、泣いたら助けてくれて、…そんな非凡な平凡に憧れてた。だから蘭ちゃんが最初に話しかけてくれた時…どれほど嬉しかったか…』


「美奈ちゃん…?急にどうしたの?」


『…ちゃんと言わなきゃな、って学習したから!そんな驚いた顔しないでよ!…言ってるこっちが恥ずかしくなるから』


「あ、ありがとう…?」


『…ふふ、どうして蘭ちゃんがお礼を言うの?あ、私ちょっと近くのコンビニ行ってくるね!色々買いたいものがあるの』


「それなら私も一緒に行くよ?」


『ううん!ついでにお散歩もしたいから…。じゃあ行ってくるね』


「あ、うん…美奈ちゃん…」


『ん?』


「その…なんていうか、気をつけてね。夜道危ないから」


『大丈夫だよ!そんな心配そうな顔しないで!…ありがとね、蘭ちゃん。じゃ、行ってきます!』


まだ少し、不安そうな顔をする蘭ちゃんに笑顔を向けて、半ば強引に家を飛び出す。ごめんね、蘭ちゃん。だけどきっと本当のことを話したら、あなたはもっと悲しい顔をして、私なんかの為に泣いてくれると思うから。





「…蘭姉ちゃん?どうしたのそんな怖い顔して…」


「ん…なんでだろ、なんか…美奈ちゃん、いつもと違ったから…」


「色々あったからじゃないの?」


「うん…そうなんだけど…そうじゃないっていうか」





玄関から続く階段を降りれば、さっとスーツを身に纏った初老の男性が近づいてくる。


「美奈お嬢様…!今まで一体どこでなにを…、ともかく、お嬢様がご無事で本当に…っ」


『…ごめんなさい、心配かけて。もう逃げたりしないから』


「…あちらの車にとりあえず。この組み合わせは目立ってしまいますから」


お屋敷に仕えていた執事に導かれ、黒いリムジンに乗り込む。忘れていた感覚がぞわぞわと蘇ってくる。


『…私、きちんとお見合いします。それから…然るべき返事をします。…まぁ殆ど決まっているようなものですけど』


「美奈お嬢様…」


『皆さんにすごく迷惑や心配をかけたのは分かってる。…本当にごめんなさい。だから最後に一つだけ我儘、聞いてくれる?』


『お見合いの前に、パパ…お父様に会いに行きたいの。もしかしたらお見合いの後はもう帰れないかもしれないから…。…ダメ、ですか』


「…実は、お嬢様が行方不明になった直後から、屋敷の者と連絡がとれなくなっているのです。私も数々の失態を報告しなければいけません。明日の早朝の便ならお見合いまでには帰ってこれるでしょう。…早起き、できますかな?」


『うん!ありがとう!』


「ではとりあえず空港まで移動しましょう」


リムジンが動き出して、景色がゆっくりと流れていく。


あ…あの並木道。初日にみんなから逃げて走り回ってた時に…安室さんに出会ったんだ。まだ暑い夏の日。蝉の声が煩くて、心地よかった。
私の夏は、なにもかもここから始まったんだ。

それから本当に色んなことがあった。買い物に行ったり、そういえばデパートで事件に巻き込まれたこともあったっけ。学校に行って、お祭りにも行って…。


『…………っ』


キス…できなかったんだっけ。シチューの良い香り。抱きしめてくれた温かい手。今でも鮮明に覚えてる。あの時はまだ、自分の気持ちがなんなのか、安室さんに対して、先生に対してどういう気持ちをもっているのか、さっぱり分かっていなかった。

だけど…自分の気持ちが、すこしずつ分かり始めたのもあのキスの時からだった気がする。


…安室さん。

夜の景色が次々と流れてゆく。どれもこれも、たった2、3ヶ月程度の期間だったけど思い出深くて内容の濃い日々。
そしてその大部分を占めてるのは…安室さん、やっぱり、あなただけ。

大好きだった。ありがとう、それから、ごめんなさい。
伝えたい言葉は沢山あったのに、もう…遠すぎて、伝わらない。

最後にもう一度、会いたかった。

微かな希望の残り火は、まどろむ夜景の中に溶け込んで、消え去った。






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