ぜろ

□まいにち
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雨の中、仕事をにしポアロへと向かう。
何気ない、何も変わらない、色のない日常。
僕の夢も、瑠璃の冷めた目も、先程までの愚行もこうしていると何か悪い夢だったかのようだ。
だけど、夢じゃない。憑りつかれたような妄想でもない。僕は自分を抑えきれずに瑠璃に手を出し、そしてあんな寂しい目をさせてしまっているのだ。



「考え事ですか?」


「…いえ、少し寝不足で」


こうも天気の悪い日が続くと客足も遠のいてしまうらしい。今日はまだ一度もお客さんが来ていない。
カウンターで食器の整理をしていると、向かいで事務作業をしていた梓さんが話しかけてきた。


「最近安室さん、少し疲れてるみたいってマスターも言ってましたよ。ちゃんと休んでますか?」


「一応寝てはいるんですが、どうしても寝つきが悪くて」


「まあ分からなくもないですよ。こうも天気が悪いと気分も下がっちゃいますもんね」


雨音が激しい。秋初めの雨は今晩いっぱいまで続くそうだ。明日は晴れると一応辛気臭い天気予報士が言っていたが、それもどうなるか分からない。


「ホントやになっちゃう。毎日毎日、お洗濯ものも干せないし」


「部屋干しといってもこうも湿度が高いとなかなか乾きませんからね。臭いもつきますし」


「ホントその通りです。あーあ、早く止んでくれないかな…」


雨は止むのだろうか。太陽の存在を忘れてしまったかのような分厚い雲。暗い世界。こんなにも妖しく世界を染め上げているのに、明日になれば何もなかったかのようにケロッとした顔で太陽が顔を出すのだろうか。


「そういえば最近、瑠璃ちゃん来ないわね」


突然聞き慣れた名前が出てきてどきりと心臓が跳ねた。勿論驚いたのは心臓だけで、顔には一切出さないように心掛けた。


「ああ…あの高校生の。テストの間じゃなくても来るんですか?」


「ええ、前は蘭ちゃんや新一君としょっちゅう。まあ最近は新一君も忙しいみたいで蘭ちゃんたちとばっかりだったけど」


新一君。の言葉に再びぴくりと反応する。


「あの三人見てたら青春だなぁって気分になるのよね」


「幼馴染が3人、といった?」


「んー、まぁそれもあるけど…新一君のモテ加減が見ててやきもきしちゃうんです。どっちに転んでもおかしくないのに二人とも良い子だからちょっと遠慮してるというか」


「遠慮?何にですか?」


「あれ?言って無かったかしら。実はね、瑠璃ちゃんも蘭ちゃんも、新一君のことが好きなんですよ。でも、みんな仲がいいでしょ?だからイマイチ一歩踏み出せないのが青春って感じで」


足元が急に重くなったかのような錯覚がした。グラスを洗っていた手にきゅっと力が入る。好き。好き…?瑠璃が?工藤新一を?

ああ、そうか…。

梓さんは未だ何かをしゃべり続けているが全く耳に入ってこない。好き、か。そうか。今まで目を背けていたことが急に現実となって首元に巻き付いてきた気分だった。

ただの幼馴染だと、気にも留めていなかった。だけど。ああ。これで全て繋がってしまう。ふとした瞬間にどこかへ行ってしまう瑠璃の心。瞳。あの表情が恋ではなく何だというのだろうか。僕以外の誰かに心を奪われている以外に何があるというだろうか。

きりきりと下腹部が痛んできた。寝不足のせいか気持ちがすぐ身体に出てしまう。


「…でも諦めたらしいですけどね」


「え?」


「瑠璃ちゃんですよ。蘭ちゃんには敵わないからって言ってたなぁ。健気ですよね、親友の為に身を引くなんて。あ、最近3人でこないのってもしかしたらそのせいかも…」


人のために。周りのために自分の気持ちを殺す。瑠璃ならやりかねないことだ。少し淋しそうな顔をして「諦めました」と梓さんに言っている姿がありありと脳裏に浮かんだ。
けれど、気持ちというのはそう簡単に消えるものでは無い。諦めた、と一口に言ってもそう簡単に諦められるわけがないだろう。間近でそれを見ているのなら尚更に。

だから。


「だからね、私思うんですけど」


やっぱり。瑠璃は。


「やっぱり、瑠璃ちゃんって、まだ」


工藤新一のことが…。


「新一君のこと、好きなんだと思うんですよね。忘れられてないというか」


雨の音が一瞬、遠のいた気がした。そしてそのすぐあと、必要以上に大きな雨音が耳に飛び込んできた。

心臓が冷たくなる。大きく動揺したのは一瞬で、どくん、どくん、と静かすぎるくらいの冷めた心臓の音が、身体中を巡る。

そうか。いや。いつか向き合わねばならないことだった。それがただ今だったということ。
自分には関係ない。瑠璃が誰を見ていようが、瑠璃は僕のものだ。誰にも渡すものか。


「安室さん?」


笑顔を取り繕った。少し真剣な顔をしえいたようだ。梓さんが不安げな表情を向ける。


「大丈夫ですか?今日暇そうだし…早上がりします?本当に体調が悪そう…」


瑠璃に会いたいと、心が願ってた。その姿が少し離れるだけで今は不安だった。縛り付けてでも僕のことを考えていてほしい気分だった。
それこそ工藤新一なんて考える余地もないような。


「…それではお言葉に甘えてもいいですか?実は、身体が万全ではなくて」


「やっぱり!後のことは大丈夫ですから、今日は早めに上がってください。マスターには私から伝えておきますから」


「はい…ありがとうございます」


梓さんに礼を伝え、早めに店を出ていく。
もちろん体調が悪いなんて嘘だ。もうこの時間なら学校も終わり瑠璃は家に帰っているだろう。今は瑠璃に一刻も早く会いたい。

彼女はどんな顔をして自宅で僕を待っているだろう?それが例え嫌いな相手でも、ひとりぼっちの家に迎えに来てくれる相手とはどう映るのだろうか。

珍しく気分が高揚している。喜んでくれとは言わない。だが、その瞬間だけでも僕のことを考えてくれるのを願わずにはいられなかった。


雨が降っている。分厚い雲をすり抜け、止むということを知らない雨が降っている。
一瞬弱まったように感じた雨は、いつの間にか雷まで鳴りだしそうな不安な表情となっていたが、この時の僕はそれに気づかずにいた。




170829

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