ぜろ
□きみと
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煮え切らない、中途半端な気持ちを飲み下しながら帰宅する。
終わらせる。もうすぐ終わり…。
それなのにまだ動揺している自分は一体なんだというのだろう。
『おかえりなさい』
リビングに入った途端明るい声をかけられ狼狽する。一応ただいまと返事をしたが、なんとも歯切れの悪い返答だなと自分でも思った。
夕飯の準備をしながらも、彼女のことを考えないようにする。妙な沈黙が痛い。今まで取り留めのないことを話していたような気がするが、どんな話をしていたのか思い出せない。
『あの…何か…怒ってますか?』
遠慮したような小さな声。どうして今更話しかけようとしてくるのか。
『また無視ですか?』
彼女は毅然とした態度だった。初めて出会った頃のような強さが蘇ってきているような気がした。
その強さに惹かれていたはずなのに、瑠璃が知らないところにいってしまったようでうまく返事ができない。
「別に怒っている訳では……ご飯、できましたよ」
ただ僕が未熟なだけで。
だけど彼女のこの態度はなんだというのだろう?今更一体何を企んでいるというのか。
少し前の僕なら「少しは心を開いてくれた?」とさぞ希望を持ったところだろうが…今は。
『おいしい…。前のチキンライスも美味しかったけど…安室さんてお料理上手ですよね』
彼女の声が、ロボットのお喋りのように聞こえる。何を言っても僕の心には届かない。
ただ無機質な音声として僕の耳を通り過ぎるだけ。
『どうして黙ってるんです…』
「今日は随分よく喋りますね…どういう風の吹き回しですか」
何を企んでいる?かき乱そうとしている?
彼女の話を遮ったのは、これ以上無視をするのも気が引けたというのと、話しかけられて動揺している自分が嫌だったのと、半分半分。
瑠璃は年相応の仕草で視線を逸らしながら、ぽそりと呟いた。
『別に…だって安室さん、全然話さないし…笑わないし。それに、私、ちゃんと安室さんと向き合わなきゃ、って思って…』
かじかんでた手が、少しだけ温かくなったような気がした。
心音がとくんと響いて、慌てて炒飯をかき込む。
…この子は一体何なのだ。
僕を出し抜くための罠?油断させて逃げ出そうとしているのだろうか。それともこうやって僕を動揺させて楽しんでいるのだろうか。
結局瑠璃はこの空気に耐えられないと言うように風呂へと逃げ出した。
瑠璃…。
心が少し熱くなってしまった。希望をまた少し浮かべてしまっている。
駄目だ、駄目だ…。彼女が僕を好く訳がない。
ああ、もう…駄目だな。
一度考えてしまうとこうなって、動揺して、希望をもってしまうから考えないように、心にいれないようにしていたのに…。
だから直に終わると誓ったはずなのに。
終わらせたくないと思っている自分がひょっこりと顔をだしてきて、慌てて残りの炒飯と共に掻き込んだ。
今ならこれまで通り話せるかもしれない。
いい加減こんな中途半端も疲れていたところだ。そうだ、別に終わらせると言っても全く総てを断ち切る必要はない。僕は瑠璃に無理に近づこうとし過ぎたのだろう。適度な距離を図れるのならそれに越したことはないのだから。
そう思って…すべてが上手く行くとそんな空気が流れつつあったのに。
なのにどうして僕はまた自ら未来を摘み取ってしまったのか。
『安室さん…?』
気が付けば、風呂上がりの瑠璃をソファーに押し倒していた。
きっかけは瑠璃の携帯。そして…通話履歴にはまだ新しい工藤新一、の文字。
さっと温まりつつあった血の気が引いたのを感じた。なんだ…やっぱりそういうことだったのか。全てはくだらない茶番だったということか。
『ち、がぅ…っ私は…自分の意志で…』
この期に及んで?まだ自分の保身を?
なんてことはない、この女はやっぱり僕のことなんて見ちゃいない。
そんなこと、分かってたはずなのにな。
自分の浅ましさに頭がくらくらする。ふっと自嘲的な笑みが浮かぶ。こんなに使えない人種だったかな…僕は。
『…っ離してっ!』
瑠璃の細い腕が僕を振り払ったのはその直後。思わず瑠璃の上から飛びのく。
『いい加減にして!どうしてそんなことあなたに言われなくちゃならないの!?自分勝手!私はあなたのモノじゃない!』
僕を否定して射抜く、凛とした声。
分かってる。僕だって、そんなの。自分がどれだけ屑で最低か、だなんて。
分かってる。分かってるから…もう、それ以上…!!
嫌がる瑠璃を無理やり掴んで風呂場へと放り投げた。
なるべく瑠璃を見ないようにして自室へと帰る。だって今顔を見られたら…僕はさぞ情けない顔をしているだろうから。
思い切り叫びだしたい気分だった。分かってる。全部僕が悪い。分かってるんだけど。
どうしても…僕じゃ駄目なのか。
脱衣所から水音が聞こえる。窓の外からも雨音が聞こえる。
また雨が降り出したのか…。
静かに降り出すそれは、まるで泣いているみたいだと感じた。
180112