ぜろ

□こどう
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「…瑠璃……」


どうして声をかけたのかは分からない。だけど初めからその時がくることは決まっていたかのように、当たり前のようにその瞬間はやってきた。
瑠璃の顔が上がる。涙で溺れた寂しい瞳。怒りも悲しみも、辛さも弱さも、全てが混沌とした瞳を覗き込むようにキスをする。頬と頬がぶつかる。瑠璃の濡れた冷たい体温と僕の熱い体温が少しずつ同化していく。


『…ん…っ…は…っ』


柔らかい唇。これももう、最後。だけど、だから、今までのなによりも愛おしい。離れたくない。離したくない。
唇の表面をなぞっていただけの口づけが、少しずつ深いものになっていく。舌を伸ばし、瑠璃のなかへと侵食していく。止まらなければ。今のうちに引き返さないと。頭ではそう分かっているはずなのに瑠璃の舌が名残惜しそうに僕の方へと伸びた瞬間、もつれていた理性が一気にどこかへいってしまった。
すがりつくように僕のシャツを握る瑠璃の手がまるで子どものようで愛おしい。僕は本能に身を任せ、瑠璃の身体に手を這わす。


『ぁ……っ』


狼狽のようにも感じる瑠璃の反応に思わず手を止めた。無理強いはしたくない。…今更何をと言われても言い返すことはできないが。


「…嫌ですか?」


今まで散々なことをしてきた癖に、最後の最後で判断を瑠璃に委ねる僕は狡いのかもしれない。だけど、無理に嫌がることはしたくない、それだけは心の底から思えた本心だった。
瑠璃は首を横に振る。桃色に染まりつつある彼女の瞳の奥では一体何を思っているのだろう。
瑠璃をベッドに引き込み、身体を貪る。最後の身体を丁寧に、慈しむように食べつくす。唇、首筋、鎖骨、胸元、脇腹、そして、下腹部。丁寧に、丁寧に全てに口づけをして彼女の欲を煽ると耐えきれないとでもいうように快楽に顔を歪めた。
理性と本能がぶつかり合い彼女の中で悲鳴を上げている。欲に染まりつつも、完全には染まるまいと必死に理性で抗っているその姿を見て思わず意地悪な笑みが零れた。…なんて、可愛らしい。

ひらりと瑠璃の瞳から零れ落ちる雫。透明に光るそれはまるで宝石の様。どうして泣いているの、とか、僕にも傷みを分けて、とか、そんな言葉はもういらなかった。ただただ、笑って欲しかった。この先もずっと笑って生きて欲しかった。
昂る気持ちが何なのか分からないまま瑠璃にモノを押し付ける。瑠璃は僕にしがみつこうとしたがやんわりと身体を離し、瑠璃の顔を正面から見る。これは最後の我儘だ。瑠璃の顔をきちんと見ておきたい、僕の、最後の。


「瑠璃…っ」


『あ、ぁ…っ!安室さん…っ!んんっ!』


僕が瑠璃の名を呼ぶ。瑠璃が僕の名を呼ぶ。求めあうように交じる二つの声。どうして瑠璃はそんな寂しそうな顔をしているんだろう。分からない。もう、…何も。

汗が滑り落ちる。乱れた息が響き渡っている。外では雨が降っている。白く霞がかる世界に何も見えなくなりそうで僕は必至に瑠璃の名前を呼ぶ。何度も何度も、そのたびに胸がちぎれ落ちそうな感覚に蝕まれながら。

瑠璃の顔を見た。乱れた髪の毛も、もうこれで最後。ほんのりと赤く染まる頬も、乱れた吐息も、白くて細い首も、小さな肩も、寂しい瞳も、泣いてる顔も、笑った顔も、僕の名を呼ぶその声も。

もう、これで最後だから。


「瑠璃…っ!」


湧き上がってくる感情を抑えきれず、最後にもう一度だけ瑠璃の名を呼んだ。身体中の快感が頂点を迎えた後、滑り落ちるように身体から抜けていく。瑠璃は目を閉じ、その快感に身を委ねていた。僕はその数瞬を見逃さず、用意していた錠剤を瑠璃の口に放り込んだ。

もう、会うことはない。
身体を重ねることも、名前を呼ぶこともない。
勿論、僕のことを考えることも…。

瑠璃の目がトロンと光を失い、身体は人形のように動かなくなっていく。
雨が降っている。その音にかき消されることを祈りながら、僕は情けない声でさよなら、と呟いた。





180620

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