ぜろ

□「きみ」
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その日は朝からどんよりと、灰色の雲が怠惰に空を漂ういわゆる「天気の悪い」日であった。



「今日は気分の下がる天気ですねぇ。夕方からは雨降るらしいですよ」


「そうなんですか。洗濯物干しっぱなしにしてきてしまったな」


「あら!ちゃんと天気予報は見ないと駄目ですよ安室さん!まぁ、安室さんのシフトは17時までですし、ギリギリ帰る時間には間に合うかもしれませんね。暇だったら早く上がってもいいし」


「そんな、洗濯物のことだけでそこまでしてもらうのは悪いですよ!今日は金曜日ですし、混雑したら残る必要もありますし…」


「あ、そういえば今日は金曜日か…。まあでもこんなに天気が悪かったら今日は暇かも」


「ですね」


金曜日。

そういえば今日は彼女に暗示をかけた日から丁度1週間目の日だ。彼女は一体今頃何をしているだろう?学校に行って眠い目を擦りながら授業を受けている頃だろうか。
何かあったのならコナン君から連絡でもくるだろうがこの1週間それが無いところを見ると恐らく彼女もまた平和に過ごしているのだろう。

皮肉にも、彼女のいない1週間はあまりにも退屈であまりにも平和であった。
心が動じることなく、今まで通りの自分が自分の日常を完璧にこなすだけの機械的な日々。そしてそれは、僕にとっては退屈であっても周りの人間からすると助かることのようだった。
それもそうだ。「安室透」や「バーボン」の横から「降谷零」が割り込んできたら、誰だって困惑するし上手く行かないに決まっている。

彼女の前での僕はどの顔をしていただろう?
最初は安室透であったけれど、時折バーボンの狂気も邪魔をしていた気がする。
…いや、その相反する二人が押しのけ合い、統合されたものこそが「降谷零」であるのかもしれないな。


「安室さん、寝不足ですか?今日はボーっとしてますね」


「いえ、少し考え事を…。それにしてもこの低気圧だと、頭がついボーっとしてしまいますね」


「ホントそれです。こんな重たい空見てたら心までどんよりしちゃいそうです…」










結局、今日は1日ポアロは暇で、しかも僕が帰る17時ごろいよいよ雨が降り出した。
この時間からの雨だと、この後の営業も暇だろう。


「とうとう降ってきましたね。安室さん、早く帰らないと」


「ええ…仕事も大方片付いていますしお言葉に甘えてお先に失礼します。お疲れさまでした!」


雨はまだ本降りでは無かったがここから強くなるような気配がした。
帰り道に帝丹高校の制服を見かけてドキリとする。少し回り道をして帰ろう。今日僕が彼女の前に現れるのは拙い。

雨を少しでも避けるために商店街の中を歩くと見覚えのある焼き菓子店が目に入った。そういえばここで彼女へのクッキーを買ったんだっけ。あの頃はまだ何もかもが始まったばかりで…何も知らず、楽しかった。
あそこで引きとどまっていれば、今ここで歩いている僕はどんな表情をしていたのだろう。
そういえば、初めて会った頃も雨が降っていたっけ。
雨が好きだった、僕の汚い心を洗い流し、有耶無耶にして隠してくれるような気がして。
だけど今は…。空が、…君が泣いているような気がしてなんとなく落ち着かない気分になる。

早く帰ろう。

雨が強くなる前にと足を速め、帰宅し大急ぎで服を取り込む。
洗濯物を片付け、掃除し公安の仕事にとりかかろうとしても何となく気分が落ち着かない。
ついつい頭が霞んでしまって、窓の外を眺めてしまっている。雨はとうとう強くなってきたようだ。この雨でまた気温が下がるんだろうなとぼんやり頭の隅で思った。

…今頃何してるんだろう?一人か或いは…世良真純たちのことだから、今日はお泊り会でもしているのかも。
そのほうが有難い。彼女たちがついていてくれれば安全は保障されたようなものだ。
安全の保障。その言葉に胸が鈍く痛んだ自分がいることに気がついた。思わず自嘲的な笑みが零れる。


「……ハッ」


情けない、馬鹿だな降谷零。結局お前は心のどこかで彼女にいつか会えることを期待しているのだろう。そしてその時僕になんて言って欲しい?…そうだな、いっそ「最低!!」と怒鳴りつけてくれた方が楽になるかもしれないな…。
ほら、またお前は自分が楽になることばかり考えている。
俺が楽になることなんてあっていいはずないのに。彼女を傷つけた僕が彼女に会っていい筈がある訳無いのに…。


雨のせいか、やたらと感傷的な気分になる。雨音が僕の思考を邪魔してくるようで、僕は一旦、窓をゆっくりと閉めた。




180824

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