ぜろ

□また、きみと
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窓を閉めてみたものの、外の世界では雨音が騒がしい。

報告書を仕上げようとパソコンを叩いてはいるが、今一つ身が入らず誤字や脱字が酷い。
気が付けばボーっとして窓の外を見つめてしまっている自分がいる。

なんだか、胸騒ぎがする。

そう思うのも自分の弱さであろうと自嘲する。なんてことはない、報告書を仕上げ、銃やナイフの手入れをし、次の組織の計画について下調べをして、夕食を喫し、風呂に入ってストレッチし、もう一度仕事をして日付が変わる。ただそれだけのことだ。

いつもやっている、何ならいつもよりも充実した日々になるだけだ。ただそれだけなのだ。

なのに、なんでこんなにも。


作業の手を止め背もたれ代わりにしているベッドにそのまま倒れこむ。質素な天井が目に入る。彼女も見ていたんだろう、この何も映さない天井を。今頃何してる?急な雨に打たれて風邪をひいたりしていないだろうか。


そんなもの僕の気にすることでもないのにな。


こんな感傷的な気分になるのはやはり雨のせいだろうか。空気を変えようと立ち上がり、伸びをしてみる。お腹が空いてきたな。夕飯の買い出しにでも出かけようか。


外に出ると、雨脚はさらに強くなっていた。こんな雨の中買い物に行くのは正直億劫だったが家にいるよりは気分転換になるだろう。エレベーターを抜け、マンションの外に出る。一歩踏み出すと水が足に跳ねた。雨が傘にささる。

うわ、これは中々の雨だな。買い物に行くのはやっぱりやめて、家にあるものでなにか作ろうか…。
一瞬そんな思いが過ったが一度濡れてしまえばもう同じだろうし、部屋に戻ったところで同じように考え込んでしまうことは目に見えていた。
腹をくくり顔をあげると、雨でぼやけた世界の中を、ひとりの女の子が歩いてくる。

まさか、あれは。

心臓が一瞬止まって、その後、ゆっくりとリズムを刻みだした。
目が自分でも分かるくらい大きく見開かれているのが分かる。

そんな、まさか、いや。そんな訳が。

外の気候は寒いのに、肌を一枚隔てた内側が燃えるように熱くなっていく。
そんな…そんなことが。何故。どうして。

色んな感情が溢れ出している。思考が感情に追いつかない。世界が僕から遠ざかる。僕の目には、目の前で虚ろな目で僕を見つめる彼女しか捉えない。

今すぐ近寄りたいのに、あまりにも非現実的な現実が僕の身体を縛り上げていた。僕が近寄れば、全てがなくなってしまうような気さえした。だって、こんなことが許される筈がない。そうだろう。ああ、そうだ。そもそも、彼女は僕を認識することなんてできない筈なんだ。だってもう僕のことを忘れてしまったから。彼女の中に安室透は存在しないのだから。
ほら、目の前にいる女の子は、きっと僕のことを。


『…っ…ぁ…安室、さん…っ』


雨の音をかき分け、懐かしい声が僕の名を呼んだ。
胸が締め付けられる。哀しみや歓びがどちらつかずで胸の中に染みわたっていく。
――刹那、彼女の身体がふらりとよろめいた。
僕の身体は僕の意図せぬままに動き、彼女を助けに動き始める。






雨だけが、いつまでも変わらず降り続いていた。






180827

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