山嵐

□むっつ
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後輩の家に行くと、少しは気が落ち着いていたようなので外へと連れ出す。
良く行く居酒屋に連れていき、乾杯をすると大きく息を吐きながら後輩は話し始めた。


「ぷはぁあ!!先輩、すみません。急に電話したりして」


『良い呑みっぷりね…いいのよ全然。気にしないで。それより大丈夫なの?』


ふうと一息ついてからついこの間のことを話し始める。改めて聞き直しても経緯は簡単なもので、要するに相手に気持ちは無いのに身体だけを弄ばれてしまったと言う訳だ。しかも性質の悪いことに相手方には彼女もいるらしい。


「…正直別にあんな人のこともうどうでもいいんです。ただ!!普通に腹が立つっていうか…そんな安い女に見えたのかなぁとか」


「どうでもいい」と言い切ってしまえる辺り心配はないだろう。怒りに昇華できれば忘れるのも切り捨てるのも容易いことだ。


「それに、彼女には私の酔ってる写真見せて、このブスが迫ってきて〜とか言ってるんですよ!!彼からのスキンシップの写真の方が多いのに…そういうのは保存してないんですよね」


『ん?どうしてそんなこと知ってるの?』


「そいつと幼馴染の○○が高校時代の友達だったんです。どうせ関わることもないだろうと思って幼馴染に話したらまさかのお友達でして」


『彼はあなたと○○が幼馴染だってことは知ってるの?』


「いえ、多分知り合いってことすら知らないと思います。私中学から引っ越したから、母校が結構違うし…」


『ふうん…だったらさ……』


女は怒らせると怖いもの。きっと私達は悪い顔をしていたと思う。
可愛い可愛い後輩を馬鹿にしてくれたんだから、少しくらいはお礼参りしないと、ね。


「…それいいです!どうなるんだろう…ふふ、楽しみ」


ちょっとした復讐劇を考えて、心の中のどす黒いものを吐き出した身体は少し火照って身軽い感じ。なんだか後輩の話を聞いて、その男をやっつけているうちに、自分の中のドロドロの感情も少しは払拭されたようだ。

少しだけ落ち着いて、彼女の話を吟味してみる。…男の人って。本当分からない。彼女がいるのにどうして他の女の子を抱けるんだろう?好きだの愛してるだの、どうして簡単に口にできるんだろう。…それは女も同じか…。


「…別に引きずってる訳じゃ無いんです。でも…久しぶりにときめいて、ドキドキして…ああ、この人に甘えたいなって思って。…なんだかちょっとだけ寂しいです…」


ときめいて、ドキドキして…か。
その感情を羨ましいと思うか疎ましいと思うか。なんだか無性に煙草が吸いたくなった。


『…煙草吸っていい?煙大丈夫?』


「え?全然大丈夫ですけど…凛先輩、煙草吸うんですね」


『少しだけね』


あんなに吸いたいと思うことは無かったのに、自然と入ってくる煙。頭の奥がどんどん冷めて、醒めていく。


「…それって、やっぱり…あの人の影響ですか?」


元カレ、と言わない辺り彼女なりの気遣いなんだろう。いくら強いふりをしていたって、きっと周りには引きずっていることがバレバレなのだ。


『…そう、ね。私、煙草が嫌いだったの。吸ってる人のことも正直馬鹿にしてた。なんでこんなものにお金かけてるんだろうって』


白い煙を吐き出して灰皿に灰を落とす。親指で灰を落とそうとしたが、あの人のようにはできなかった。


『でも…彼は重度のヘビースモーカーだったのよね。やめろって言っても聞かなくて。だけど私…あの人の煙草を吸う仕草が憎らしいくらい格好良くて…好きだった。…それがこうして煙草吸ってるんだからおかしな話よね』


充満する煙の臭い。あなたの服からは、いつだって煙草の匂いがした。
目を閉じればすぐにでもあの頃に戻ることができる。息をする音。灰を落とす、こんこん、とした動作。煙草の味がしたキス。…どれもこれも、今となっては堪らなく愛おしい。


「……先輩…」


『ごめんね、急にこんな話して…』


「いいえ!私、いっつも先輩に助けてもらってますもん…。私だって先輩の力になりたい…」


ありがと、と微笑んで時計を見ると、もういい時間だったので後輩を家まで送って家路についた。

春の夜は少しだけ肌寒くて、とても良い気候だ。酔い覚ましにもちょっとだけ遠回りをして歩いて帰る。

…好きだった、って。…言えたなぁ。
今まで彼への想いを過去形にするのが酷く後ろめたかった。過去形にしてしまうということは、彼の死を肯定してしまうことになるからだった。

だけど今日はすんなり言う事が出来た。すっきりしたような、物悲しいような、なんだかよく分からない気持ちだけど清々しさがあった。


煙草。あなたの吸う煙草が好きだった。煙草を吸うあなたが好きだった。たまにフッと遠い目をして、物思いにふけるあなたの仕草が好きだった。

いつも灰皿、溢れてたな…。


ほんの日常のワンシーンが鼻をくすぐって胸が熱くなる。すん、と息を吸い込んでみる。大丈夫。受け入れられる。焦らなくていい、少しずつでいい。ゆっくりでいいから受け入れていこう。…あなたのいない現実を。

道を逸れて桜の大木に目をやった。風が吹いて、雨のように花弁が舞い落ちる。人影のシルエットが見えて、一瞬目を疑った。だけど彼がそこにいるのも、なんとなく分かっていたような気がした。結局私たちは、何度でもここに戻ってきてしまうんだろう。

彼も私を見ていた。私は浅く深呼吸をしてから、安室さん、と声をかけ近づいた。





161122

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