短編

□白と赤と冷血と純情と
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『この書類、終わりました。他に何かお手伝いすることはありますか?』

「あぁ…ではこちらをお願いします」


ちらりと見ただけで、直ぐに書類に目を戻す冷徹な補佐官に溜息をつきたいのをぐっとこらえて書類を受け取る。

仕事が忙しいのは分かる。大変なのも知っている。だからこうして手伝いもしている。

なのに…。なのに。

こう見えて、彼は私の彼氏である。

付き合ってるといっても、そう見えるようなことは今までしたこともなくて、

忙しいのは付き合う前からそうだったが、なんだか私と付き合ってから、更に忙しくなった気がする。


少しでも私との時間を作ってほしくて。
不純な動機と言えばそうだが、そんな理由で仕事を手伝うようになった。


「鬼灯様ァ〜。少しだけお時間よろしくて?」

『お香さん!こんにちは』

「あら瑠璃ちゃん、こんにちは」

にっこり、と輝くような笑顔を向けるお香さん。
相変わらず美人だなァー…、なんてぼんやり考える。たとえ私が10回転生してもこの人のようにはなれないだろう。

「ああ、お香さん。いまそちらに行きますね」

そういって席をたつ鬼灯様。
あまりの自然な行動に胸がちくりと痛む。私の時はろくに目も合わせてくれないのに。


鬼灯様とお香さんの姿が完全に廊下に消えたのを確認して膨大に溜息をつく。
ついでに涙も出そうになったが、そこは気合でこらえる。仕事中に泣くわけにいかない。


「大丈夫?瑠璃ちゃん。…顔色悪いよ?」

『あ…、エンマ様…。お疲れ様です。私なら大丈夫です』

にこっと、できるだけ自然な笑顔を装う。笑顔をつくることひとつにしても、お香さんのことを意識してる自分に吐き気がする。醜い。私は嫉妬の塊だ。

「本当に大丈夫?無理しちゃダメだよ?」

『はい!ありがとうございま…っ!?』

もう一度、改めて笑顔をエンマ様にむけようとしたとき、ぐにゃりと視界が歪んだ。
次に目に入ったのは天井だった。頭が痛い。何?何が起こったの?…倒れたの?私…?
エンマ様のを呼ぶ声も、私を覗き込む焦った顔も、だんだんぼやけて遠くなる。目の前が白い。いや、黒い?私は一体…?








『ん…んん…?』

目をあけて、真っ先に飛び込んできたエンマ様の顔と、愛しい彼の姿。
白い部屋。ここは病室だろうか。

「ああ!瑠璃ちゃん!目が覚めてよかった!」

『エンマ様…?私…?』

「覚えてないの?ワシと話してたら急に後ろに倒れて意識失っちゃったんだよ。じゃあワシは仕事に戻るからね」

『あ…っすみません!本当にごめんなさい!お仕事の途中に…』

「いーのいーのワシも休憩できたから…」

鬼灯様の鋭い視線がエンマ様を突き刺す。

「ふふ…っ。瑠璃ちゃんが倒れた時、丁度鬼灯君が戻ってきたところでね。そりゃあもう凄まじい剣幕で瑠璃ちゃんの名前呼んでね…。鬼灯君でもあんなに焦ることがあるんだねぇ。さすがの鬼灯君も瑠璃ちゃんには敵わな…」

「早く仕事に戻りなさいっ!」

「あいたたたた…っ。病人増えちゃうよ…。じゃ、ワシは戻るけど瑠璃ちゃんは今日はもう上がっていいからね、お大事に」

『ありがとうございました!』

「じゃあね〜」




エンマ様の去った病室で、鬼灯様と気まずい雰囲気。
どうしよう。迷惑かけたから怒ってるのかな…

『あ、の…本当、ご迷惑をおかけしました。鬼灯様も…』

仕事に戻ってください、じゃ、失礼だろうか。
うまい具合に言葉が見つからずどうしよう、と迷っていると、視界の端で鬼灯様が立ち上がる。
この気まずい空気から解放されると思うと、嬉しいような、寂しいような、複雑な気分。

「無理をして…」

ふ、と視線をあげると鬼灯様が手を挙げているのが目に入った。
―――ぶたれる!
そう思うが先か、反射的に目を瞑る。

『…っ。ぇ…」

けれども痛みはいつになってもこない。代わりに頭を撫でる手の平の感触。

『ほ、鬼灯様…?』

「瑠璃…心配したでしょう」

小さく呟きながら、額にちゅ、と口づけされる。
あまりのことが一度にありすぎて、固まる私。鬼灯様を固まったまま凝視すると、ほんのり赤い鬼灯様の顔。

『鬼灯様…照れてる…?』

「五月蠅いですね。減給にしますよ」

吐き捨てるように言って病室から出ていく鬼灯様。あぁ、行っちゃった…そう思ったのは一瞬だけで、先程のことを思い出して顔が赤くなる。
いつもならあんな風に冷たく言い放たれて出で行かれたら落ち込むところだが、なんだか今はそんな彼の行動でさえも愛しく感じる。

額をそっと指で撫でる。ああ、どうしよう。

何度も何度も反芻しながら、自分がどうしようもなく鬼灯様に惹かれていくのを強く感じた。


140714
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