短編

□とある雨の中
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いつも通りバイトも終わり、帰ろうとしたところ、外は大粒の雨。

梓さんが大丈夫かと問う。僕も答える。
傘があるので大丈夫です、と。







相変わらず叩きつけるような雨はやむ気配もなく、ここまで酷くなるのなら車でこればよかったかな、等と心の中で溜息を吐く。

大通りから一本外れた少々暗い小道を黙々と歩く。雨音が五月蠅い中、「お疲れ様でしたぁ」と気の抜けたような女の声。


少しばかり先の、居酒屋のような店から制服を纏った女の子がでてくる。

アルバイトか。

特に気にすることでもなく歩いていくと、彼女が中々歩き出さないことに気付く。


傘がないのだろうか?

彼女はしきりに辺りを見渡していたが、観念したとでもいうように学生カバンを頭に走り出す。

この雨の中、あれだけ一心不乱に走れば最悪事故を起こしてしまう。

仕方がないか、と腹をくくり、少女を追いかける。

「待ってください!」

呼びかけると、私?誰?とでも言いたげな顔で後ろを振り向く。

おやおや、これは…

振り向いた少女は思っていたよりもずっと別嬪で。

「傘がないのですか?…危ないですよ、視界が悪いのに走っては…」

吸い寄せられるように僕の方を見ると、耳の先まで真っ赤にする彼女。

『だ、大丈夫です。かかか、風邪はひかないくらい丈夫な身体なので』

そんな雨に濡れた男を惑わす凶器(制服)を着て、大丈夫なものか。
彼女の言葉に構わず、傘に入れてやる。
家の方向を聞くと、大人しく、あ、あっちです、なんてうわずった声で返す君を可愛い、なんて思いながら。


家の近くまでくるとここまででいいです、と俯いたままつぶやく君。
例え此処から家が近かったとしても、少しでもその恰好を他の人に見られたくなくて傘を半ば強引に持たせる。

そして名も名乗らず、聞くこともせず走ってその場を立ち去ってやる。
君の名残惜しそうな視線を背中に感じながら。

あの制服は帝丹高校だろう。君は僕を知らなくても、僕は君を見つけることができる。
思わぬ収穫があったものだ。たまには雨の日に外を歩くのも悪くないかもしれない。




次の日は昨夜の大雨が嘘のように晴れた。
夕方、ポアロに向かう途中、君の姿を見つける。

声をかけると昨日と同じ要領で耳まで真っ赤にさせる君。
「どこかでお会いしましたっけ」、なんて聞いてやるとおもしろいくらい落ち込む君。
本当は今会うまで君のことをずっと考えてましたよ、なんて心の中でつぶやく。


瑠璃、か。
相変わらず顔を真っ赤にさせてたどたどしく話す瑠璃にポアロのことを教える。
これで彼女は必ず僕に会いに来る。
つくづく僕も悪い男だと思う。

本当はまだ時間があるが、彼女をおいてその場から去る。昨日と同じように。名残惜しそうな視線を感じながら。


高校生相手に押したり引いたり、君を惑わす悪い僕。
こんなことを続けていたら君は僕を嫌いになりますかね。
でも、全部。
そう、僕を惑わした君が悪いんですよ。

夕日に染まる街の中、安室は誰にも気づかれないように…悪戯に、笑った。



140713

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