短編

□言葉にしなくちゃ分からない
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『バーボン…好きよ…愛してる』

情事の後、ベッドで彼に寄り添いながら、私はいつだってバーボンに愛を囁く。

だけどその返事が返ってくることはない。
彼は私のこと、愛しちゃいないから…。






身体だけの関係が始まったのは、もう随分前のことだ。
ずっと憧れてた。いつか結ばれたいと思っていた、バーボン。
爽やかな顔立ちと、優しい物腰。それに加えてよくキレる頭。
陰ながらバーボンに惹かれている女性は沢山いた。
私だってその一人。
陰からそっと見つめているだけで十分だと思っていた。

ある時、仕事でダックを組むことになった。
見つめているだけで十分だった私には、もったいなさすぎる仕事だった。

淡々と仕事をこなすバーボン。
私はつい舞い上がってしまって、後ろから近づく敵に気付かなかった。

「危ない!」

その声が聞こえた時にはもう、私はバーボンの胸に包まれていた。
一瞬ドキッとしたが、すぐ血に染まる彼の腕に気付く。
急いで傷を塞ぎ、援軍を要請する。私は泣きながらずっと叫んでいた。バーボン、バーボン…と。

その場はなんとか収束し、組織の医務室で治療しているバーボンの元を訪れる。

『ごめんなさい…っごめんなさい…っ』

泣きながら謝る私をそっと抱き寄せる。

『…バーボン…?』

ふっと顔をあげれば静かに私を見つめるバーボンの顔。
それからそっと顔が近付いてきて口づけをされる。

その日からだろうか、身体の関係が始まったのは。
次の日の夜、部屋に呼ばれ、抱かれた。
いつもいつも、抱かれているときは幸せなのに、虚無感が私を締め付ける。

彼が私のことを見ていないのは知っていた。
私の他に女が沢山いることも…。

苦しいのに、悲しいのに。
今日も部屋に呼ばれ、抱かれてはまた部屋に返される。

『バーボン…一度でいいの。愛してるって言って』

情事の後、そっととなりで呟く。

「……言いません」

『どうして?…私のこと、嫌い?』

「嫌いじゃありませんけど」

声が少しずつめんどくさそうなものに変わっていく。

「気持ちもない言葉に…意味なんてないでしょう?」

吐き捨てるように言われ、きゅ、と胸が苦しくなる。

『そうかもしれない…でもね…言葉だって大事でしょう?言葉にしなくちゃ分からないことだってあるじゃない…』

「だったら尚更言うわけにはいきませんね」

それはつまり、私のことなんて愛してない、ということだ。
バーボンには沢山女がいるし、めんどくさい女は嫌いなんだろうな、と思いながら口を開く。

『バーボン、好きよ』

返事を待つまでもなく、唇を奪う。
咬みつくように入り込んでくる舌に、胸がいっぱいになる。

「…そんなに僕に好きだの愛してるだのいう女は君くらいです」

『いいじゃない…。言いたいときに言える気持ちを言っといた方が良いと思わない?明日言おう、今度言おう。…明日はこないかもしれないんだから』

僕はそうは思いません、と冷たく返され、部屋に帰れと促される。
その日から、バーボンの部屋に呼ばれることはなかった。

きっと私は嫌いな「面倒な女」になってしまったんだろう。
だけど、これで良かったんだと自分に言い聞かせる。
こんな辛い気持ちをズルズル引きずったまま抱かれ続けるなんて嫌だった。

ある日、仕事があると呼び出された。
内容は、ある所から薬を盗み出すこと。
その後に部屋に誰かが入ってくる。…バーボンだ。

彼とダックを組まされ、敵陣に向かう。

『久しぶりね…。もう1年も前になるかしら。こうしてダックを組んだわね』

彼からの返事はない。必要以上のことは話すな、ということだろう。

仕事の内容自体はそこまで難しくはなく、これくらいならダックを組まなくてもなんとかなったのに…と悪態をつく。
やけぼっくいに火が点いちゃった。
彼の横顔を見ながらそんなことを思う。

『聞いて…ううん、聞いてくれなくてもいい。私の独り言だから』

勿論返事はない。

『私ね、ずっとバーボンのことが好きだった。初めてダックを組んだとき、どれだけ私が嬉しかったか…。あの日、あなたが私を庇って撃たれたでしょ?悲しくて、苦しくて…それでも内心少しだけ嬉しかった』

横顔を見つめながら静かに話す。

『私を庇ってくれたことがどうしようもなく嬉しかった。そこに特別な気持ちなんてないことなんて分かってたわよ?でも…それでも嬉しかった』

『ねえ、バーボン。私は自分の気持ちをきちんと言うべきだと思うの。例えそれでバーボンが私のこと嫌いになってもいい。面倒な女だと思ってくれていい。だけど言わせて…私、今でもあなたのことが…』

すっと口を覆われる。あなたの瞳が初めて私を捉える。

「言わないでください」

手を覆う口を外す。

『…どうして?じゃあ、バーボンの気持ちはどうなの?本当の気持ちを言って。…勿論嫌いなんでしょうけど』

僕は、と小さく動く唇。―その彼の先に、きらりと光る銃口を視線が捉える。

『危ない!!』

気が付けばそう叫んで、彼をどん、と突き飛ばしていた。鳴り響く銃声。お腹が熱い。

「瑠璃!?」

どくんどくん、と血が流れるのが自分でも分かる。腹を撃たれたのだ。傷口を抑える手がどんどん血に染まる。

バーボンの焦ったような顔が私を覗き込む。
そういえば、彼は今、コードネームじゃなくて…。

『名前…よんでくれるのね…。優しいのね…バーボン…』

「しゃべるな!」

そう叫び、撃たれた傷口を塞ぐ。
それでも血は止まらない。脳の奥がぼんやりとする。
もう、痛みさえない。それなのに涙が頬を伝う感覚だけはしっかりと捉える。

『バー…ボン…おねが…い……愛してる…って……言って……』

意識が海へ沈んでいく。目の前が白くなる。それでもあなたの顔を最期まで見ていたくて、最後の力を振り絞って目をこじ開ける。


泣いているの?バーボン…。
冷たいはずのあなたの目から、確かに流れている涙。

愛してる、本当はずっと愛してた。瑠璃、瑠璃……

彼の声が聞こえる。
その言葉がずっと聞きたかった。
最期にあなたの声が聞けて良かった。
もう、目をあけることができない。

私もずっと愛してる。そう言いたかったが、もう声にはならなかった。


140729

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