短編

□愛してた。愛してる。
1ページ/1ページ




大きな、まるでなにかのミステリーに出てきそうなお家を見上げ、ごくりと生唾を飲み込んだ。

…ここだ。ここに間違いない。
‘工藤’と書かれた標識を横目に、静かに門を開けた。


ピンポーン…

インターホンの音が妙にドキドキと頭に響いた。手が震える。


「……はい、どなたですか?」

聞いたことのない男の声。でも、間違いない。

『FBIです。不法侵入の容疑がかけられています。大人しく出てきなさい』

「ホー…。何故日本の警察ではなくFBIが?」

『…いいから、でてきなさいよ』

用意していた台詞はあっさりと返され、駄々こねみたいな形になってしまったが、私もここで引き下がるわけにはいかない。
どきどきと煩く心臓が鳴り響いたが、しばらくしてかちゃんと扉が開く音がした。

「…なんでしょう?ここの住人の許可なら得ていますが?」

『…変な猿芝居はやめてよ、…赤井秀一!』

一瞬の沈黙。目の前のピンク頭はふっと笑みを緩めた。

「赤井秀一?…知りませんね、そんな男は…」

『しらばっくれないで!』

ばっと足を引っ掛け玄関に押し倒す。ピンク頭も油断していたのか、されるがままにその場に倒れた。
胸元を開け、首についていたチョーカーを外す。

『…もう、喋れないんじゃないの?』

「…とんだじゃじゃ馬に成長したもんだな、瑠璃」

化けの皮を引っぺがそうと首元にかけていた手が一瞬止まる。…懐かしい、大好きなその声で、自分の名前を呼ばれたから。

『…っ…』

かたかたと震えだす手に優しく笑いかけ、自らマスクをとると、なにも変わっていない彼の姿があった。

『……っ秀……っ』

「成長したな…瑠璃。どうして此処に俺がいると分かった?」

『…ずっと、気になっていたの。街ですれ違った時から、秀に雰囲気が似てるなって思って…。だからずっと張り込んで、沖矢昴のことを調べてたの…、って、気付いてたでしょ?秀…。私が張り込んでいること』

「さぁ、どうだかな」

ぽんぽんと頭を撫でられ、緊張していた糸が緩まった。秀一の胸にそっと頭を預ける。

…あなたが、いる。
…あなたの心臓の音がする。

「…ま、でも驚いたよ。まさか久しぶりに再会した彼女に押し倒されるとはな」

『…押し倒すって…押し倒したけど…』

「淫乱に磨きがかかったんじゃないか?」

『いんらっ!?』

かぁ、と耳の端まで真っ赤になるのが分かった。

『磨きがかかったって!元から淫乱じゃないもん!』

眉をひそめて抗議する私をはいはいと流しながら、居間に向かう秀一についていく。

相変わらずの煙草の吸殻に、ひとりで呑んでいたのかおいてある晩酌セット。まったくこの人は…。

『もう…相変わらずなのね、煙草も、お酒も』

「別にいいだろう。お前も呑むか?」

『じゃ、お言葉に甘えて…』

ソファーに座り、さりげなく隣を開けてくれる秀一の隣に座る。
久しぶりの近い距離に、胸がどきどきした。

「…じゃ、再会に乾杯」

小さくグラスを掲げる秀一に倣って少しだけグラスを掲げる。どれだけこの時間を夢見たことか。
話したいことは沢山あった。でも私も秀一も何も話さなかった。でもその無言の空間がやけに心地よかった。




午前3時をまわった頃、隣から小さく寝息が聞こえる。秀一を見上げるとすやすやと眠っていた。

『…秀…』

その寝顔が愛しくて、切なくて、そっと大きな肩に寄り掛かる。

…私も、このまま眠ってしまいたい。
あなたの肌を、その存在を感じながら、昔のように眠ってしまいたい。
…だけど。
…だけど、もし、そんなことしたら…。

眠ってしまわないように身体を起こし、秀一の顔をもう一度見る。

…本当に夢みたい。あなたが私の隣にいる。

そっとその頬に手を這わしてみる。
ちゃんと生きてる。あなたはここにいる。

不意に秀一の目が開き、ばっと手を引っ込めた。

『ごめん…起こしちゃった?』

「いや…寝る気はなかったんだが」

お前だと安心してしまって眠ってしまったよ、とさらりと吐くセリフにきゅ、と胸が締まった。

「瑠璃は寝ないのか?」

『…ん。眠れないから』

「嘘をつけ…」

すっと先程私がしたように頬に手を這わされ、秀一の方を見る。真っ直ぐに私を見つめる瞳に吸い込まれる。

「目が赤い…我慢をするな」

『……だって』

頬の手を避けるように顔を背け、呑んでいたロックグラスをぼんやりと見つめる。

『怖いの…。次目を開けたら、秀はまたいなくなってるかもしれない、って…。それに、こんなところに隠れてるってことは…その、色々事情があるんでしょ?…秀は、私を巻き込みたくないみたいだし…だから、その』

追い出されるような気がして。不意に涙腺が緩み、誤魔化すようにお酒を飲み込む。

ぐいっと手首を引っ張られ、ソファーに押し倒される。鼻と鼻がくっつきそうな距離に、どくんと心が反応した。

「瑠璃、お前はどうしたい?」

『私…?私は…我儘なのは分かってる。秀に負担もかけたくない、だけど…』

「それで、お前の心は?」

『私の…心は…。今だって、秀が好きだし、秀と一緒にいたい…』

最後の方は胸が苦しくなってほとんど声にはならなかった。

「なら一緒にいればいい」

簡単に返ってきた言葉に思わず秀に視線を合わせる。

『駄目だよ。FBIの女がこんなところに行き来してたら、あなたが目を付けられちゃう。あなたがせっかく姿を変えてここにいるのに…。私、秀と一緒にいたいよ?だけど、それ以上に秀の邪魔をしたくないの…』

「ならこの家から出なければいいさ」

え?と聞き返す前に唇が塞がれた。触れた唇からお酒の味がする。

『…酒臭い』

「それはお互い様だろう?」

もう一度顔が近付いてきて、入り込んでくる舌を受け入れる。寂しくなって一生懸命秀一の舌に自分の舌を絡ませる。昔、付き合っていたころはそんなことしたこともなかった。恥ずかしくって、自分の舌を引っ込めて、よく秀一に引っ込めるなと呆れた顔で言われたっけ…。
だけど今は…もっと深く秀一と繋がりたくて、懸命に舌を絡ませる。
今までより強く舌を吸われ、感じたことのない快感と幸福感に頭がくらくらした。

『…はっ…はぁ…っ』

顔を離すと細い糸が二人の唇をつないだ。透明に一瞬で消えたそれは酷く官能的である。

「…やっぱり、淫乱になったな…」

秀一は満足そうに笑い、未だ息の荒い私の頬を撫でた。我慢できなくなって、すっと涙が流れ落ちる。

頬を伝う涙を指で絡め取られるのを感じながら、ゆっくりと口を開く。

『…どういうこと。出なければいい、って』

「そのままの意味さ…。お前が家から出なければ怪しまれることもない」

『……一緒にいても、いいの?迷惑じゃない?』

一番気になっていたことを聞いてみる。そんなこと、本当は聞きたくなかった。だけど聞かない訳にもいかない。

「迷惑な訳ないだろう…じゃあ、こう言おうか。俺の傍にいろ…」

秀一も横になり、ぎゅっと抱きしめられて涙がでた。その言葉が聞きたかった。ずっと言って欲しかった。

『…秀が、私のこと、いらないって言っても…傍にいる…』

涙を流して笑いながらそう言えば、優しい目をして額にキスされる。ずっとこの瞬間が続けばいい。睡魔が襲う。このまま眠ってしまおう…そっと目を閉じようとしたとき、ぎゅっとほっぺたを抓られた。

『…痛い!何?もう眠…』

「俺の変装はある人にしてもらってるんだが…その人がくるの、明後日なんだよ」

『ふぅん…それで?』

不敵に笑う秀一の笑顔に不気味というか妖しいものを感じ、眉を顰めて返す。

「だからその人が来るまで…俺も家から出られないんだが」

『そう…大変だね…私は寝るから…』

また頬を抓られる。

「先ず第一に俺の変装がとけたのはお前のせいだから…責任とってくれるな?」

『ひぇ…っ!寝るんだってば!もうっ!…っ!』

「キスであれだけ上達したんだから…こっちはどのくらい上達しているのか、楽しみだ」

すっと服の中に手を差し込まれ、愛撫される。抵抗するもお酒が入っているのもありすぐに丸め込まれ…結局すべての情事が終わったのは、時計の短針が一回りしたころだったとか。


140814

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ