短編

□はじめはただの主従関係
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私たち雑用係に存在意義なんてない。
ただ言われた通りのことを死ぬまでやり通す機械みたいなものだ。
私の、いや此処の雑用係の運命なんて此処に来た時から決まっているのだ。
それはある意味では命の保証であり、またそれは裏を取れば生の拘束である。
何人かの仲間は死ぬまで拘束されるなんて死んだほうがマシ、だとかなんとかぼやいているけれど私はそうは思わない。
食事があり寝る場所がある。それが死ぬまで保証されているなんてこの上ない幸せだと私は思うからだ。


「ほら、トロトロしてないでさっさとしなさい」

雑用係のリーダー格に急かされて食事を手際よく器に盛り付けていく。雑用係の仕事は主に食事、清掃。また、気に入られれば専属の小姓にさせてもらえる。少し前に友達がジン様の小姓になったと楽しそうに言いふらしていたことがあった。それでも友達は日に日にやつれていって小姓になることが必ずしも良いという訳ではなさそうである。

「ねぇねぇ、また新しい幹部が増えたそうよ」

「なんでもとっても優秀らしいわよ。○○が顔を見たらしいんだけどとってもイケメンなんだって!」

雑用係というのは噂好きである。誰々が付き合ってるとか、部屋によく入り浸ってるとかある噂ない噂飛び交い放題である。

「ちょっと瑠璃!あんた、今日食事係じゃないの?」

『あ、うん。そうだけど』

「しっかり新人の顔見てきてね!いいなぁ…あんたが最初にお話できるなんて…」

『お話なんて普通の雑用係はしないよ?』

「そーなの?ジン様はよくお話なさるからみんなそうなんだと思ってたわ。いいなぁ、アタシはきっとそのイケメン新人の姿を見ることは永遠にないんだわぁ…」

ふう、と隣でため息を吐いているのはジン様の小姓になった友達である。小姓ってどうなの?と聞くとまぁ基本雑用係と変わらないよ、と疲れたような笑顔で返されたことがあった。

「ほらそこお喋りしない!瑠璃!あんた今日食事当番なんでしょ!さっさといきなさいよ!」

相変わらずピリピリしているリーダー格の怒鳴り声を左から右に聞き流しながら重たい腰を上げる。隣の友人がうるせーくそばばあ、と小さな声で漏らしていて苦笑い。なんでもリーダー格は元々ジン様の小姓だったらしい。それを横取りされた私の友達(と仲の良い私たち)が目を付けられているという訳である。

食事を乗せた台を転がしながら部屋を出て行く。扉を閉める際に友達が報告よろしくね、とウィンクをしてきたので軽く手を振って返事をしておく。


薄暗い、人通りのない廊下。えっと、新人のコードネームは…ライ、か。今日食事を頼んでいるのは彼ひとりである。

彼の部屋の扉の前に立ち、4回静かにノックをする。

『ライ様、お食事の用意ができました』

返事はない。だが勝手に扉を触ってはいけないのが雑用係の決まりである。

いないのかな、もう一度声をかけてみようかと思い悩んでいると唐突に部屋の扉が勢いよく開いた。
私も扉に近い位置に居たために、ごん、と鈍い音をたてて頭にぶつかる。

「おっと…すまない」

痛む額を摩りながら顔を見上げる。…。…。…物凄い極悪面である。なんか目が怖い。いやイケメンなのかもしれないけどとりあえず顔が怖い。

「悪いが部屋に運んでおいてくれ」

かしこまりました、と返事をし、あることに気づく。この男、服を着ていない…!いや最低限大切な部分は隠しているがほとんど裸に近い状態である。だから扉を開けるまでに間があったのだろうか。とりあえず食事をさっさと部屋に運んでしまおう。

低めの机に食事を並べていく。全てを並び終えた頃、男…ライ様は静かにソファーに腰を下ろした。(ちゃんと服も着ていた)

『食器はお部屋の前に置いておいてください。私たちが取りにいきますから』

「酌はしてくれないのか?」

『…仰せのままに』

小姓でもない雑用係に酌を頼むのはかなり稀なことである。此処の人たちは皆話したがらないし、秘密を口外されたりしたら困るからだと私は思っている。
新人だから、仕方ないか…。
そう思いなおし、グラスにお酒を注いでいく。

「…………」

『…………』

お互いなにも話さず、ただカチャカチャと食器のぶつかる音だけが響く。き、気まずい…!酌をしてくれというくらいだから何か話して来るのだろうかと思っていたが何も話してこない。私はただグラスが空けば注ぐ、を繰り返すだけだ。

…楽しいの、これ。それとも何か私が話せということだろうか。

『……お味は、いかかでしょう』

沈黙に耐え切れなくて口を開けばああ、美味いな、とだけ返ってくる。はい会話終了。どうすればいいの私。何が正解なのこれ。

結局それっきりお互い口をきかず、食事が終わった頃食器を引いてくれ、と頼まれた。かしこまりました、と返事をして食器を台に乗せていく。

「そういえば、名前を聞いてなかったな」

急に声をかけられ、思わず目をぱちくり。はっと思い直し、答える。

『七条瑠璃と申します』

「瑠璃か、本名か?」

『えぇ…そうですが』

雑用に名前を聞くなんて変わった男だ。きっと私が此処に来るのは1ヶ月後とかなのに。当番はローテーション制だから同じ係に当たるのは随分先のことになる。

「次もまた、酌を頼む」

一瞬意味が分からなかったが反射的にありがとうございます、と返す。これでいいのか不安だったがとりあえず気を悪くしなかったのは確からしい。

台を押し、部屋から出ようとすれば待て、と声をかけられる。なんでしょう。

「俺のことは、秀一でいい」

あれ、確か本名は諸星大じゃなかったっけ、とは思いつつ、秀一様ですね、と返事をする。するとにやっと不敵に笑って名前のことは口外禁止だぞと言われた。ならどうして私に言った。

部屋を出て、厨房へと台を走らす。すっかり夜が深まってしまった。とんだ残業である。
カタカタと静かに台を押しながら、ライ…秀一様の不可解な行動に少しだけ首をかしげた。




140928
続きます

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