短編
□貴方は一体何者なんでしょう
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「それでさぁ…アタシ、言ってやったのよ。あんまり腹が立ったもんでね。ほんと、清掃当番って最悪…あ、アンタ今日何の当番なの?」
『え?えっと……食事当番』
「まーたァ?あ、ライ様の?」
『うん…まぁね』
また次のお昼休み、最近は誰かさんのせいで夜に喋ることのできない友達と盛り上がっていた。
「ちょっとマジで気に入られてんじゃん?」
『いやホント…気に入られてるとかじゃないってば』
…弱みを握ってしまっただけで。
「いいなぁ…」
『いいな、って…ジン様の小姓のあんたがそれを言う?』
羨ましげに溜息を吐く友達に、少しだけむっとして言えば友達は少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「ジン様は…そういう人じゃないもん」
『え?』
「ジン様が私を小姓にした理由、知ってる?…女買うのがめんどくさいからだよ」
『女買うって…?じゃあ…もしかしてジン様と…』
そういう関係ってこと?と言おうとしたとき、お昼休みの終了を告げるベルが鳴った。
友達はにっこりと笑ってから、この話は誰にも言わないでね、と言い残しその場を去った。
なんだろう…最近、友達は…どこか変だ。
なんていうんだろう…情緒不安定、とでも言おうか。
悩みがあるなら相談してほしいのに…
瑠璃は少しだけ溜息を吐いてから、お昼の業務に間に合わせるために急いで食器を片付けた。
相変わらずの静寂。お酒を注ぎ続けるだけの行為。
ホント、なんなのこの男の人は…。
こっそり秀一様の表情を伺おうとすると、ばっちりと目が合ってしまった。
「なんだ?」
『あ…いえ、その』
まさかなんだコイツと思ってました、とは言えず口ごもっていると、秀一様はふっと笑った。
「俺の目的が分からないか」
『え!?いや、そんなことは』
なにこの人読心術かよ!内心の動揺を抑えきれず声が裏返れば、お前は分かりやすい奴だと呆れたように言った。
「俺はFBI、スパイさ。この組織を調査している」
…はいそうですか。スパイさんがそんなペラペラと素性を明かしていいのだろうか。私がぽろっとどこかで漏らしてしまったらどうするんだ。やっぱり私殺されるの?殺すから何言ってもいいってか?
「お前は殺さない。だから誰にも言うなよ?」
なんなんだよこの人マジで。なに企んでんだ、と言わんばかりに顔を見ればくっくっと喉を鳴らして笑い始めた。
『秀一様は…変な人です』
なんだかその鋭い瞳に見つめられるのは気恥ずかしくて、視線を外してそう言えばよく言われる、と呟きお酒を飲みほした。
そして、再び訪れる沈黙。だけどその沈黙は今までの気まずい沈黙とは違い、少しだけ心地よかった。
「……瑠璃は」
不意に声をかけられて顔を見上げる。
「何故こんなところにいる?」
唐突に聞かれ、話していいものか迷ったが話せと言わんばかりの視線と威圧感に負け、静かに口を開いた。
『…拾われたんです。8年ほど前に』
「ほう、8年も前からいるのか」
何故か、それを聞いたとき秀一様は嬉しそうに口の端を吊り上げた。
『昔は…普通の幸せな家族でした。でも…突然家が大火事に見舞われて…。両親は二人とも…』
ちらり、と秀一様の方を伺う。秀一様は静かにグラスを口に運んでいた。
『…それで、身寄りもなくて…汚い路地裏で倒れて…あァ、ここで死ぬんだなァー…って…その時…女の人…が』
そこまで言ったとき、秀一様は睨むように私の顔を見た。誰だ、と射抜くような鋭い視線に一瞬たじろぐ。
『……ベルモット様が私を…拾ってくれたんです。こんなところで、貴女は死ぬの?って言って。それからです、ここにおいてもらったのは』
ふう、と小さく溜息を吐く。こんな話、誰にもしたことがなかった。思い出したくない、過去。喉が渇く。部屋の空気が、なんだか張りつめているみたい。
秀一様は何も言わなかった。無言で私にグラスを差し出した。
「心配するな…ただの水さ」
そう言われ、ありがとうございます、と呟いてからそれを受け取る。渇いたのどが潤っていく。
『…ここの使いは皆、同じような境遇の人たちばかりです…。一度入ったらもう二度と出られない。出ることは、即ち死ぬこと。だけど…言い換えれば死ぬまで面倒見てもらえる。……それを幸せと感じるかどうかは…その人次第ですけど』
友達は、此処は残酷な場所だと言った。
そういえば…あの子は大丈夫なのだろうか。
「利用されて、苦しくはないか」
急に降ってきた質問に秀一様を見つめる。友達も…昔、私にそう言ってきたことがあったから。
『さぁ…。だけど…私は別に…利用されていようがなんだろうが…構わないと思っています。そりゃあ、此処の仕事は大変だし、その…犯罪の片棒を担がされていることも知っています…。でも…此処にいるから私は生きていられる。私はそれだけで十分かな、って』
アンタは、そう思えるからいいよね。
だからアタシは、そんな真っ直ぐなアンタが好きなのよ。
同じように友達にそう言ったとき、あの子はそう言った。
ぼんやりとその時のことを思い出す。確かあれは、あの子が小姓になって少ししたときくらいだったっけか…。
秀一様はそうか、と言ったきり、そこからは本当に何も喋らなくなった。
私はただ、渇いたのどを潤すために、何度も何度も透明な水を口に運んでいた。
141012
続きます