短編

□そんなんじゃときめきません
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『ん……』

目を開けた時、真っ先に飛び込んできたのは見慣れない天井。そして感じた、いつもの固いベッドとは違う、フカフカの感触。

ここ…どこだっけ…。
私は昨日…秀一様の酌をしてて…それで…。
そう、酌をしてて…えっと…ん?

はたり、とそこまでで記憶が途切れていることに気づき、ガバッと急いで身体を起こした。

『……っ』

身体を起こした際にずきんと鈍く痛んだ頭を押さえ、辺りを見渡してみる。

まさか…!まさかここは…!

そして痛む頭とけだるい身体。

まさか…まさかこの症状は……!

「どうした?二日酔いか?」

『秀一様…っ!!ごごご、ご無礼をお許しください…っ!!!』

完全なる二日酔い。
そして私が寝ているのは紛れもなく昨日、酌をするために座っていた秀一様のソファーであった。

『わ、わ、わた、私…っななな何も覚えていなくて…っ!何か粗相をしでかしてはいないでしょうか…っ!』

「粗相…か。昨日はあんなに乱れて…」

『みだれ…っ!?』

にやにやと笑いながら呟く秀一様にサァーッと血の気が引いてゆく。
ま、まさかたった2,3日で一線を越えてしまったの…?嘘でしょ…!頼むお願いです嘘って言ってください…!

思い出せ!思い出すんだ瑠璃!と必死に記憶を探ってみるが、粗相どころかお酒を呑んだ記憶すらでてこない。一体いつどのタイミングで呑んだというのだろうか。仕事中に呑むなんて…私もう終わった。失態もここまでくれば取り返しのつかない。

『あ、あのですね…本当に何も…おおお、覚えていなくて…その…いつ私…お酒を呑みました…?』

「ホー…その時のことさえも覚えていないのか。お前がそこまでお酒に弱いとは思わなかったよ」

もとよりお酒に弱い私。さらに呑むタイミング等ほとんど皆無に等しい最近の状況で、すっかり免疫も落ちてしまっていたようである。

『あの、あの…!私は…一体いつ…呑んだのでしょうか』

「お前が昔話をしているとき…呑んでいただろう?俺が渡した飲み物を」

飲み物…?飲み物…!え?でも、あれは水だって…。

『え…でもあれ…秀一様は…お水だって…』

「さぁ、記憶にないな」

じゃあ何?私はあの透明な液体をお水だと思って呑んでいたってこと…?
でも…でも絶対お水って言ったよ?うん。絶対言った。間違いない。

じっと秀一様を見つめると、ふっと勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

『…っ騙しましたね!?秀一様!!!』

「騙したんじゃない。まァ…テストみたいなものさ。もしあれがお酒じゃなくて毒だったらどうする?」

『そ…っ!その時はその時です!!』

「昨日のお前といえばしおらしくて可愛かったよ。昔たぶらかした男の話とか…」

『ししししたんですかっ!?嘘でしょうっ!?』

「好きなだけ話して…あとはぐっすり寝ちまったがな」

で、でも寝てしまったということは…。
い、一線は越えていないということでいいのね…?

『あ、あの…念のため確認しておきたいのですが…そのですね…ま、まさかその…男と女の…夜の営みを…してはいませんよね?流石にそこまでは…』

「さぁな。自分の身体にでも聞いてみればいい。首筋についたその跡とか…」

『うっ嘘っ!?』

急いで鏡を確認しにいく。だが自分の首筋に跡はなく、一応胸元まで見ておいたがそんな跡はどこにも見つからない。

『ちょ…っ!そんな跡ないじゃないですか!!』

くっくっと相変わらず喉を鳴らして笑う姿にまた騙された…!と顔が真っ赤になる。どうも良いように遊ばれている気がする。

「お前は本当にからかい甲斐があるな…」

最早怒りと恥ずかしさで口をパクパクすることしかできない。なんなの!なんなのよこの男!!

「先ず服が乱れていない時点で気づけ」

あ…そういえば…。

もうなんだか怒りが諦めに変わり、とりあえず一旦帰ろうと大きく息を吐く。

『…失礼しました。昨夜のことはどうか…お忘れください』

くるりと踵を返して出口に向かう。ああもうなんて厄日だろう。早く友達に話したい。

ドアを開けようとしたその時、何故か急に温かいモノに後ろから包まれた。

「…怒ったか?」

『……怒ってないです』

「嘘だな…。ま…昨日は何も無かったから安心しろ…」

…安心できるか!
そう思ったがそう信じるしかない。後ろからやんわりと抱きしめられ、動くことができない。

…ていうかなんで抱きしめられてるの私。言っておきますけど貴方なんかに抱きしめられてもドキドキとかしませんからね。そんなんじゃときめきません。

『…まだ酔っぱらってるんですか?』

「…そうだな」

不意に腕の力を緩められ、するりと腕の間から抜け出る。

「今夜は…夕食はいらない」

かしこまりました。失礼します、と振り返りもせずに言って部屋を出る。

かちゃんと静かに扉が閉まるのを待たずに仕事場へと向かう。

…そんなんじゃ…ときめきません。
眉間に寄りそうな皺をぐりぐりと指で伸ばしながら、そっと息を吐いた。









『え…休み…?』

「そう、瑠璃なら何か知ってるんじゃないかなって思ったんだけど…知らないみたいね」

お昼休み、いつもの場所で友達を待っていると同僚から今日は休んでいると聞かされた。

「最近ずっと体調悪そうにしてたもんね…」

あ…そういえば。
食事を手早く済ませると、瑠璃は友達の部屋に向かった。


コンコンコン…

『もしもーし…瑠璃だけど。入るよー?』

扉をノックし、遠慮もせずに部屋に押し入る。
友達はベッドで横になっているようで、瑠璃、とゆっくり身体を起こした。

『大丈夫?体調悪いの…?』

「うん…ま…そんなところ」

『顔色よくないよ…って、もしかして…泣いてた?』

真っ赤になった目を見て、思わず問いかける。すると友達はくしゃっとした笑みを浮かべた。

『何かあるなら…相談してね。私じゃ何も力になれないけど…でも話くらいなら聞けるから…』

「瑠璃…」

友達はそっと手を私の頬へ伸ばした。熱い。熱があるのだろうか。

「アンタは十分…アタシの力になってるよ…。アンタがいたからここまで…アタシが生きてこれたって、本気で思ってる…。だから…」

いつも強くて元気な笑顔を振りまいていた友達。
そんな友達がなんだか…今は酷く脆く、壊れそうに見えてそっと肩を抱き寄せた。

「瑠璃……明日も…きてくれる…?」

『え?うん…勿論。明日も…無理そう?』

「ん…ちょっと…しばらく…」

『分かった…無理、しないでね』


お昼の終わるベルが鳴る。もう行かなくちゃ。
友達を心配しつつ、そっと部屋を出る。

あの子があんなに弱ってるなんて…。
私…あの子に何してあげれるかなぁ…。

そしていつも通り業務を済まし、久しぶりに早い時間に自分の部屋に戻った。

…今日は行かなくていいんだよね。

最近ずっと…遅くまで秀一様の酌に付き合っていたから…なんだか物足りない感じ…。

まぁいいや。今日は早く寝てしまおう。

瑠璃は静かにベッドに横たわり、なんだか少しのモヤモヤとした感情を抱きながら、静かに目を閉じた。




141013
続きます

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