短編

□主は主ですから
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―――アンタは、誰かを本気で好きになったこと、あるの?


どうしたの?急に?


―――別に、今までそういう話、聞いたこと無かったから。


えー?好きな人?うーん…。いないんじゃないかなぁ…。そんな余裕も無かったし…。



―――…そっか。ねェ、瑠璃はさ…、この組織に利用されて、苦しくないの?


え…?利用…?…分かんないや。でも…私、別に今の生活…嫌いじゃないよ?此処なら…明日の命の心配をする必要もないし…。


―――…アンタは、そう思えるからいいよね。


―――だからアタシは、そんな真っ直ぐなアンタが好きなのよ。














ピピピピピ……

鳴り響く無機質な目覚まし時計の音で目が覚めた。

…夢、か。

ふわぁ、と大きく欠伸をひとつして身体を起こす。

そう、あの頃は…。確か、友達がジン様の小姓になって1月ほど経った頃だった。
あの時からだろうか。友達が、昔の友達とは違ってしまったのは。

別に、何かが大きく変わってしまった訳じゃない。
今だって昔と変わらず面白いし、いつでも明るくて元気が良い。…だけど。それでも、何か…何かが、違う気がする。

服を纏い、朝食を持って友達の部屋に向かう。小さくノックをしてから、部屋に入る。


『おはよう。…起きてる?』

「ん……。瑠璃………?」

『せーいかい!朝ごはん持ってきたよ。何か食べとかないと、治るものも治らないよ?』

友達は小さな声でありがと、と呟くと、ぱくぱくと朝食を平らげだした。どうやら食欲はあるようである。

『ね…。どうしたの?話して。…ジン様のことでしょ?』

それは何となく引っかかっていたこと。いつも明るいこの子が、たまに落ち込むのはいつだってジン様に関係することだったから。

友達は静かに食事の手を止め、ふっと自嘲的な笑みを浮かべた。


「さすが…伊達に長いこと友達やってないね…。お見通しってこと」

『そんなんじゃ…。ただ…なんとなく』

「そーねェ…」

友達は静かに遠くを見つめていた。その顔は、憂いげで、寂しそうで、それでもどこか美しかった。


「アンタは…好きな人…は、いないのか。じゃあ、大切な人。誰でもいい。だけど大切な人くらい、いるでしょ?」

『え?…うん…』

大切な人…か。今の私の大切な人は…きっと、この子だろう。

「アンタはその人が好き…だし、その人のことをとっても大切に思ってる。その人のために…死んだって構わないくらい」

その瞳はとても悲しそうだった、彼女は一体何を今思っているのだろう。誰を想っているのだろう。

「…だけど。その人は…。その大切な人は、アンタのことなんか見ちゃいなかったら?アンタのことを…ただ利用しているだけだったら?」

少しずつ、声が掠れていく。

「それでもアンタは…その人の傍に居られる?今までと何も変わらず、今まで通りの日常を過ごせる?」

綺麗な瞳から、ぽろぽろと涙があふれ出した。私も思わず、目の奥が熱くなる。

「アタシ…もう…どうしたらいいのか分からないの…っ。苦しい…よ…っ!あの人は…っジン…様はっ…私のことなんて…っ見ちゃ…いないのに…!」

耐えきれなくなって、その小さな肩を抱き寄せる。その肩は、子供のように震えていた。

「また…っ!あの人に会えば…アタシは今まで通りに笑わなくちゃいけないの…っ!会いたくない…でも…っ会いたい…っどう…どう…したら…いいのか…自分が…っどうしたいのか…っ分からなくて…っ!」

ぎゅっと強く抱きしめながら、私も涙を流した。

それから暫く、友達は何も言わずにただ泣き続けた。私も黙って肩を抱いて泣いていた。




「……瑠璃は」

沈黙を破ったのは友達の声。ゆっくりと顔を上げて、静かに話し出す。

「…瑠璃なら…、どうする?」

『え…。そう…だなぁ…』

私…。私なら…どうするだろう?

『私は…分からないや。…そんなに誰かを、強く愛したことなんて…ないもん…』

それは正直な気持ち。私には、分からない。激しく人を愛する気持ちも。そしてその愛が打ちひしがれる気持ちも。

友達はしばらくの間私を見つめていたが、そっと優しく笑いかけた。

「アンタらしいわ…。…ねェ、アンタ、ライ様のこと…好き?」

急に降ってきた質問に思わずきょとんとしてしまう。ライ様…秀一様…が、好き?私が?

『…さぁ。そんな風に見たことないもん…。ただの主の一人としか…』

深く考えたことも無かった質問に、少々口ごもりながら答えれば、そっか、と笑って返してくれる。この笑顔…安心する。少しだけ、胸をなでおろす。

「瑠璃……」

不意に伸びた細い腕。私の首に絡め、今度は友達に優しく抱きしめられる。

「アンタは…それでいい…それでいてね…。アタシみたいにならないで…。できることなら、ずっと知らないまま、気づかないまま…」

ぼそぼそと友達が小さく言った。よく聞き取れなかったが、私は私だよ、と呟き返す。


友達は身体を離し、笑顔で言った。ありがとう。と。

「アンタのおかげで、少し…少しだけだけど、自分を取り戻せそうな気がする。ありがとう」

『ううん!…力になれてよかった!…じゃあ、私、もう行くね…。ゆっくりでいいから、また仕事場に…戻ってきてね』

友達は明るい笑顔を浮かべていた。「さぁ!行った行った!遅刻するよ!」

その元気な様子に肩の力が抜ける。私も笑顔を浮かべ、元気よく答える。

『じゃあ、行ってくるね!』

「いってらっしゃい!…頑張ってね」

うん!と返事をして、部屋を出る。ドアが閉まる直前に小さく友達が何かを呟いた。だけどそれが私の耳に入ることはなかった。



「……ありがと…」






ふう、と息を吐き、廊下を歩く。なんとか少し、元気づけられたみたいでよかった。
曲がり角を曲がったところで黒い人影に出くわす。思わず足を止めたが少し間に合わず、どん、とその陰にぶつかった。


『…っす、すみません!』

「いや…俺も…。…瑠璃?」

ぱっと顔を上げるとそこには昨日の朝ぶりの秀一様の顔。ぶつかったのが秀一様でよかった、と失礼なことを思いつつ、もう一度ごめんなさい、と呟く。


―――アンタ、ライ様のこと…好き?

不意に先ほどの質問が蘇る。好き?好き…?この人のことが…?

「何か俺の顔についているのか」

『あ、いえ…』

ぼんやりと見つめていたことに違和感を感じたのか秀一様が聞いてくる。…いや、ない。うん。ないない。

「まぁいい…行くぞ」

『…へ?どこにですか…?』

「俺の部屋に決まってるだろう」

なんでだよ、と聞くわけにもいかず、また逆らうわけにもいかず、渋々と歩き出す後ろについていく。…まぁいいや。何させられるのか分からないけど。

部屋に入り、ソファーに腰を下ろした秀一様の隣に座らされる。一体なんだっていうんだ。

『あの…私は何をすれば』

「別に…。まァ、お前の話でもしようじゃないか…」

『私の話ですか?…そんな、何も話すことなんて…』

「なら質問を変えてやろう。今日は随分と機嫌がいいんだな?」

『別に…良い訳では…』

煙草に火を点け、それで?と目で促す。

『ただ…私でも…。少しだけ…誰かの力になれたような気がして』

思い浮かぶ、友達の笑顔。あの笑顔の力に、少しだけでもなれているような気がして、嬉しかった。

そこからも、秀一様はいろんな質問をしてきた。沢山のことを話した。秀一様も、沢山お話をしてくれた。組織のこと、自分のこと、全く関係のないこと…。私は自分の話せるだけ、すべて話していた。


いつの間にかお昼前になり、なんだか眠気が襲ってくる。欠伸を必死にかみ殺していたが、秀一様は気づいたようで、寝るか?と言ってきた。

『あ、いえ。仕事中ですから』

「命令だ。寝ろ」

…はいそうですか、と心の中で呟きソファーの肩にもたれ掛る。素直に命令を聞いたのは、それくらい眠たかったからである。









「………い、おい」

少し深い眠りに落ちていたのか、重い瞼を上げる。今、何時だろう…。目を擦って時計を見上げると、13時。2時間近く眠ってしまったようだ。

『ふぁ…すみません…。なんだか…いっぱい眠ってしまったみたいで…』

「いや、構わないが…。○○号室の女を知っているか?」

『え…?ええ…知ってますけど』

○○号室は大切な友達の…あの子の部屋だ。何かあったのだろうか。

『あの…その子が、何か?』

何も言わない秀一様を催促するように見る。…もしかして、仕事にこなかったから…お咎めでも?







「……死んだらしい」


言葉が出なかったのは、驚いたせいではない。呆れたからだ。そんな訳ない。だってさっきまで私に明るい笑顔を向けていたんだから。いくら秀一様でも、言っていいことと、悪いことがある、と。

それでも私の足が、足早に彼女の部屋に向かっているのはなぜだろう。ああそうだ。だって嘘だもん。そんなこと、ありえないから早く友達に言いたいんだ。こんな嘘つかれた、最悪だって。


部屋の扉の前には、何人かの幹部や遣いが集まっていた。それを潜り抜け、部屋の中に入る。嘘だ。嘘に決まってる。




部屋のベッドに、彼女は横たわっていた。いつもの綺麗な寝顔だった。涙の跡は無かったから、泣き寝入りしなかったんだって安心した。

変わったところは無いように思えた。今にも起きて、何?うるさいなァー…、とでも言いだしそうだった。

私は足を、一歩、二歩と進める。彼女を起こすために。声をかけるために。

彼女に少し近づいたとき、不穏な、赤いものが目に入った気がした。
どくどくと緊張するような心臓に、そんな訳がない、と言い聞かせ、彼女に近づく。…扉からでは見えなかった、反対側を見るために。




彼女に近づいたとき、目に入ったのは、赤。錆びれたベッドは赤く染まっていた。そしてその後彼女の真っ赤に染まった頭に気が付いた。赤。赤。赤。彼女のこめかみから、赤い血があふれ出していた。

心臓が凍り付いた。足が震えだした。彼女の手には、真っ赤に染まった拳銃が握られていた。

嘘だ。嘘だ。今度は、本当に声が出なかった。後ろから、誰かが私の腕を引っ張り、その場所から退かせた。

誰。声も出せず、後ろを振り返る。そこに立っていたのは…

紛れもなく、長い髪を振りかざす、ジン様であった。



141023

続きます

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