短編

□怪盗キッドと対決!
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『……なにこれ』

“今宵、警視庁の大切な物をいただきに参じます 怪盗キッド”







ズカズカズカ…
まだまだ若い女の子とは思えない大股で乱暴な歩き方。
中森警部にはあの佐藤さんを見習いなさいとよく言われるが、今はそんなことどうだっていい。
今はそんなこと、気にならないくらい私は機嫌が良い。


『おっはようございまーーすっ!中森警部ーっ!』

「何だ…騒がしい」

朝っぱらから超ハイテンションな私に眉間に皺をよせ非難するような目をむけた中森警部だったが、私の手に握られた手紙を見て、顔色を変えた。

「お前!それはまさか…!」

『はいっ!怪盗キッドからの手紙です!…まんまと罠に嵌った子犬ちゃんからの、ね!』

浮かべた黒い笑顔。中森警部の共犯した黒い笑顔。
…事は一か月前に遡る。






「クッソッ!!また逃げられちまった…しかもあの野郎、また俺を小馬鹿にしたように目の前で…っ!」

『まぁまぁ落ち着いてください中森警部。警部なんてまだマシな方ですよぉ…手の甲にき、き、き、キスされた私に比べれば…』

「…それもそうだな」

いつも通りに届いた挑戦状。そしていつも通り、キッドを捕まえることに執念を燃やしている私と中森警部。
以前からキッドを目の敵にしている私たちを彼はいつも茶化していた。ワザと私たちの目の前で宝石をヒラヒラさせながら盗んだり、私のスーツに“お宝はいただきました”なんて書いた手紙が入れてあったり…。

そんなことが続き、益々キッドを捉えることに執念を燃やしていた一か月前、その事件は起きた。

なんと彼は宝石を盗んだだけではなく…私の手をとりその甲にキスをしてきたのである。

100回くらい頬を引っぱたきたかったが、私としたことが突然の事態に固まってしまい、彼を逃がしてしまうという失態に…。(事情を知っているみんなは私を責めなかったけど)

そして丁度我慢の限界だった中森警部と私は…一か月後にある計画をたてたのだ。
計画の内容は最新の整備を施した警視庁の一番奥の部屋に、キッドが飛びつきそうな宝石を置き、
それを私と中森警部のたった二人で警備するというものである。

私と中森警部は、互いにしかわからない暗号を作っており、どちらかに変装するのも不可能で、
更に地下の部屋なので飛んで逃げることも不可能…。

こうして私と中森警部の“怪盗キッドを今晩こそ捕まえるぞ作戦”は遂行されたのであった。








『ふふ…ドキドキですね』

「あぁ…今度こそアイツの化けの皮を引っぺがせるんだ」

窓のない、真ん中に宝石の置かれた地下の一室。
そんな非現実的な空間の中、私は漸く怪盗キッドを捕まえられるという喜び(と、この間の報復ができること)に胸を躍らせていた。

『……警部』

「ん」

無言で警部に合言葉を送るときちんと返ってくる身振りに少しだけ安心する。
…まぁ、変装するどころかこの部屋に入ること事態不可能に近いことなのだが。
…どんな手を使ってくるんだろう。
チッチッと時計が針を刻むたび、鼓動が高鳴ってゆく。

『…っ!』

「来たか…」

時計の針が丁度12時を指した瞬間、部屋の電気が切れた。
二人で真ん中に置かれたガラスケースにへばり付き、音に集中する。

どくん、どくん…。
自分の心臓の音が妙に響く。

そんな中、急に目の前に現れた白いシルエット。
怪盗キッドだ…!中森警部に声をかけようと口を開いた瞬間、口を手で覆われた。

『ん?!んーーっ!』

「少しの間…我慢していてくださいね」

耳元で低く呟かれ、全身に鳥肌がたつ。この上ない屈辱。これはもう捕まえたらビンタ100回で済まされるものじゃない。

それでもガチャンと静かにドアが閉まる音が聞こえ、小さくガッツポーズをした。

「…ん…?宝石が…ない…?」

『ふふふ…っ!嵌ったわね!怪盗キッド!!』

私の口を塞いでいる間に宝物を盗もうとしていたであろう怪盗キッドの手が一瞬緩み、急いで口から手をはぎとる。
零れる笑みが止まらない。…作戦通りだ!

『残念だけど…宝石はもうこの部屋にはないわ』

「…成程…私が貴女を捕らえたあの一瞬の間に中森警部が宝石を持ち出したという訳ですか…」

『ふぅん…随分もの分かりがいいのねぇ…。まぁでも、すべて計画通りよ』

「私が貴女を捕らえるということも読まれていたという訳ですか…」

『ま、私かどうかまでは予測できなかったけど…でもこの状況じゃ、どちらかの行動を抑えないと宝石をとるのは難しいしね…。さぁ!観念なさい怪盗キッド!ここは完璧な密室よ!もう逃げられないわ!』

「…つまり、外部からは誰も入ってこないと…そういう訳ですね」

『えぇ…きゃっ!?』

唐突に足を引っ掛けられ、床に押し倒される。

『へぇ…逃げられないなら次は力で勝負って訳?でもなにしたって無駄よ』

ばっと懐にしまいこんでいたスイッチを押すと、天井から網が降ってくる。網は私と怪盗キッドの身体に絡まり、お互いにうまく動けなくなる。

『これで私が外に連絡をすれば…』

「おっと…」

『あ』

外部に連絡できるスイッチを押そうとしたが、怪盗キッドにぱっととられてしまう。

「こんなオイシイ状況…見逃す訳にはいきませんね…」

『…その余裕っぷり…一体いつまでもつかしら』

「貴女の方こそ…その強気がいつまでもつのか…楽しみです…」

す、と真っ直ぐな瞳と目があったとき、一か月前の手の甲事件が蘇り、目を逸らす。
…全く。捕まえたらセクハラ罪で訴えてやる。なんかもう今この瞬間だって顔が近いもの。(網で捕まっているから仕方がないとはいえ)


その時、ドアの向こう側からどたどたと足音が響いた。

『残念でした。外に連絡はもうしてあるわ』

「それは残念です…。もうもう少し美しい貴女を見ていたかったのですが」

『はいはい…今更そんなこと言ったって罪は軽くならないからね…』

「では…今回の本当のお目当ての宝石を…いただくとしましょう」

え、と声を上げるまでもなく、キッドの顔が近付いてきた。
それから唇に感じる柔らかい感触。一瞬、時が止まる。

それから名残惜しそうに顔が離れ、怪盗キッドは不敵に笑った。

「それではまたどこかで会いましょう…」

『………………』

どうやったのか、するりと網を潜り抜け消えてしまう怪盗キッド。その1秒後、大きな音を立て扉があいた。

「おい!怪盗キッドはどこにいった!?」

『…逃げられました』

「逃げられたァ!?一体どうし…オイ、お前またなんかされたか?」

私の様子がおかしいことに気付いたのか、声をかけてくる警部。
……なんかされたか?だって?

『…ふふ…あははは…』

「おい…大丈夫か?」

大丈夫かだって?大丈夫に決まっている。なにかされた、って別に?大したアレじゃないし?キスなんて…別にあれじゃない。そんな神聖視するものでもないし。よく考えたら手の甲のキスなんてそんな騒ぎ立てることでもないし。別に気にしてないし。キスなんて。キスなんて。……気にしてないし。


『気にしてないしいいいいいい!!!怪盗キッドおおおおおおおおお!!!次会ったらぶっ○す!!!!!!!!!!!!!』


…私の悲痛な叫び声は、警視庁全階にわたって響き渡っていたとか。





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