短編
□秀一と夏休み
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じりじりと照り付ける太陽が、暑い。
『………ふぅ』
木々の間から覗く、ニューヨークの街並みは陽炎に揺られ、輪郭を掠めてしまっている。
…遅い。暑い。
ばさりと緑の上に寝転ぶと、緑葉の間から顔をだす青空。
だけど、気持ちいい。
うだるような暑さではあるが、此処は日陰になっているし、風は割と定期的に私の首筋を撫でている。
ふうと空にひとつ、溜息を吐いて、どこまでも広がる大空をみつめる。
…せっかく会いにきたんだから、早く来てよね。
にしても…なんだろう。何かが日本と違う。
ニューヨークも日本も変わらず暑いし…そりゃあ、たまに耳に入ってくる英語は聞き慣れないものに違いないけれど。
なんだろう。空気?音?匂い?
…にしても、遅いんだから。
色んな考えが頭に浮かんではぐるぐると消え去っていく。
こうして一人で夏を、自由を楽しむのも…嫌いじゃないけれど。
「何を考えている?」
『秀!!…遅いっ!』
突然降りてきた待ち人の…彼氏の声。こんなにも暑いのに相変わらず長袖に長ズボン。そしてニット帽。はたから見れば季節を間違えた東洋人にしか見えないだろう。
「仕方ないだろ…これでも仕事の間をぬって出てきたんだから」
『むー…、にしても…暑くないの?そんなカッコで…』
「別に…直射日光の方が暑い」
『だからそんな真っ白なのよ。相変わらず病人みたいな白さね。…あ』
「放っとけ…。…どうした?」
『あ、ううん…。さっきね、ニューヨークの夏と日本の夏、何が違うのかなぁって考えてて…。今思いついたの。ニューヨークって…蝉がいないんだね』
「あぁ…そう言われればそうだな。何年かに一度は現れるらしいがな」
『ふーん……って…寝るの?』
話もそこそこに、ばたんと隣で寝転ぶ秀に声をかける。まぁもともと期待してなかったけど。
「最近忙しくてあまり寝てないんだよ…どっかの我儘なお姫様が急にこっちにくるなんて言い出すから」
『だって仕事の夏休みが急に決まったんだもん……もしかして仕事、前倒しでしててくれたの?』
「さぁ、どうだかな」
軽く笑って目を閉じる秀の顔を見つめる。本当…綺麗な顔。白い肌に鋭い切れ目。急にそれが愛しくなってそっと静かに秀の隣に横になる。
ぐっと引き寄せられ温かな体温に安心する。風が気持ちいい。
「暑いか?」
『ううん…大丈夫。気持ちいい。…ありがとね。今度は秀が日本にきてよね。蝉の鳴き声…秀と一緒に聞きたいな』
「あのやかましい鳴き声を、か?お前も物好きなヤツだ…。…今度、捜査で日本に戻る」
『本当?!もう!早く言ってよ!ずっと楽しみにしてたんだから!』
「まだハッキリと決まった訳じゃない…。それにあくまで仕事として、だ」
『はいはい!…秀、2年ぶりの日本だね…』
「あぁ…また忙しくなりそうだ…」
ごろんと身体をこちらに向け、じっと私の顔を見つめてくる。
『…何?』
「お前…太ったな?」
『なッッ!―――ッ!』
なんて失礼なことを!…と、叫ぶ前に私の口は塞がれた。久しぶりに感じる秀の味。煙草とコーヒーの味。それなのに…酷く甘い。
「冗談だよ…」
『じょ、冗談でも…言っちゃいけないことがあるの…』
言い返す気力も失って、最早ぼそぼそと小声で呟くことしかできない。
ふっと優しく笑ってもう一度、今度はゆっくりと頬に手を重ねてくる。
『しゅ、秀…っ』
「黙ってろ」
少し笑いながら、伏し目がちに私を覗き込んでくる。この顔が…とても好き。ゆっくりと時間をかけて重ねられる唇。柔らかい…大好きな感触。
すっと名残惜しそうに唇が離れる。この続きはまた後で、とさらりと変態発言をする秀が恥ずかしくてぷい、と反対側に体を転がす。
「…暑いか?」
さっきと同じ質問。そんなこと。答えるまでもないって分かっているだろうに。
『……あつい』
暑いなのか。熱いなのか。どちらにせよ体温がぐっと上がってしまったのは確かなことだ。
そうか、と嬉しそうに背後で声がして、静かに後ろから抱きしめられる。風が首筋を撫でる。…なんて、幸せなんだろう。
『……蝉…見られるかなぁ?』
秀が日本にこれるのか。次の夏までいられるのか。そっと呟いた言葉。だけど返事はこない。
そっと首だけで振り返ると、すやすやと眠りに落ちている秀。…無防備な顔。寝てるときの秀は…とてもあどけない。
よっぽど疲れていたんだろう。ただでさえ多忙な身なのに仕事を前倒しで片付けてくれたんだから。
『…秀…ありがとね……』
すっと秀の頬に口づけをおとして目を閉じる。
日本にこれたら…どこに連れて行こうかな。
でもとりあえずは…日本でもこうして…ゆっくりと横になって、蝉の声が聞けたらいいな…。
そんなことを考えていると、聞こえないはずの蝉の音と…風鈴の音が、どこか遠くで聞こえたような気がした。
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