短編
□安室さんとくりすます
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『あぁぁあああ!!!何なのよ!街中クリスマスソング!イルミネーション!クリスマスがなんなのよ!過行く一日の一部に変わりないっつーの!!』
12月25日、午後8時。私が居るのは煌びやかなイルミネーションが映える街中でも、豪華なレストランでも無く、いつもと変わらないデスクの一角だった。
「悪いねぇ、クリスマスなのに出てもらって…。年末年始は忙しくってねぇ」
『いえ、いいんです課長。どうせ彼氏は私より仕事の方が大事なんで。どんどん仕事持ってきてください!!今ならなんでもこなせる気がする…!』
私だって、クリスマスを心待ちにしていない訳じゃなかった。12月が始まればすぐに街はクリスマスモードで、25日をうきうきと待ちわびたものだ。仕事ももちろん休みを貰うつもりだったし、当日はどこにいこうか、クリスマスプレゼントも買って、レストランも予約して…。
それなのに、クリスマスの1週間前に彼氏である安室透に言われた言葉は、
「すみません…その日、新しいクライアントとの打ち合わせが入ってしまいまして…。その方がその日じゃないと都合が悪いらしくて。だから本当に申し訳ないんですけど…ま、26日は土曜日ですし、次の日にでも…」
『うがぁああああ!!!もういいわよぉぉおおおお!!』
「ど、どうしたんだね!?」
『あ、お気になさらず…』
その時は仕事だから仕方ないよと笑って見せたものの、私の笑顔は隠しきれない程引きつっていたと思う。
それからクリスマスはどうしようかと考えてみたが、1週間前とあって流石に友人たちも予定が入っており、今更誰かを探しまくる気にもなれず、結局こうして変わらず出勤しているのだ。
『もうホント…嫌い。嫌い!もうぅ…』
「…お取込み中悪いんだが、今日はもう上がりなさい」
『へ!?いいですよ別に!今日は溜まった仕事終わらす気満々なんで!』
「いやぁ…それがね、この日は皆休むものだと思っていたから…君も休み希望を出していたし。それで、今日機器のメンテナンスが入って一旦サーバーが落ちるんだ。だからもう今日は…」
『う…そうなんですか…。分かりました…』
課長の言葉に荷物をまとめ始める。ああ、せっかくもう今日は朝まで仕事して、最悪なクリスマスの事なんて考えないようにと思っていたのに。このまま帰っちゃったら思い知らされちゃうじゃんか…。
『じゃあ課長、お疲れ様です…あ、それ…』
「…ん?あぁ、これか…。一応クリスマスなんでね。女房と子どもに…。買っていかないと後が怖いからね…」
『いえでも、ちゃんと奥様にも買ってあげるなんて…課長はお優しいですよ!…誰かさんとは大違いで』
課長の鞄から覗く小さな小包に、思わず声をかければ少し照れたように話し出す課長の姿。
その姿はなんだかんだ苦悩を抱えながらも、幸せそうで思わず頬が緩んだ。
「はは、ありがとう…。…君は彼氏とはどうなんだい?一度、この会社の下まできてくれていたねぇ。中々気の良い男性だと思ったが」
『…まぁ…気は良い方なんですけどね。優しいし。…でもなんだか優しすぎてたまに無神経だというか…なんというか』
「なるほどねぇ。まぁそんな気の良い人ほど、内面は色々抱えているもんさ。彼にとって、君がかけがえのない人になることが大切だよ…」
『…そう、ですかね…。あ、雪…通りで寒い訳だ』
課長と話しながら会社を出れば、外には白い雪。冬らしく、雲で白く暗んだ空。この様子じゃあ止まずに明日は積もっているだろう。
「雪か…娘が喜びそうだなぁ」
『確か娘さん、10歳になられたんでしたっけ?…さぞ可愛いでしょうね』
「…まぁね、自分で言うのもこっぱずかしいんだが、自慢の娘だよ。最近は少々反抗期のようだが…それも可愛いってもんだ」
『…いいですねぇ。子どもか…。あ、じゃあ私地下鉄なんで…、お疲れ様です。娘さんと奥様、喜んでくださるといいですね!』
「あぁ、お疲れさま。ありがとう。君も気を付けて帰るんだよ」
クリスマスの地下鉄は、カップルで溢れかえっている。
終電間際という訳ではないが、それでもコスプレした人たちや、楽しそうに腕を組む男女でいっぱいだ。
そんな日に仕事すら見放されてとぼとぼと一人で家に帰る女は殆どいないだろう。
最寄りの駅で降り、せめてケーキでも買って帰ろうとコンビニに寄るのだが流石はクリスマス。そんなものはとっくに売り切れてしまったようだ。
ご飯を作る気にもなれないので適当におつまみとお酒を買って外に出る。…オッサンか私は。
『……っくしゅん!…寒…』
雪が降ってるってことは気温はマイナスなのかなぁ。そんなくだらないことを考えながら家へと歩く。
…ホント、最低なクリスマス。こんなことなら早くから友達と予定いれておけばよかったかな…。
…ううん、それも違うな。だって私は…何よりも透とクリスマスを過ごしたかったんだから…。
アパートの前につけば、何故か植木に佇む人影。…まさか。まさかね?
「…あ!お姉さん久しぶり!おかえりなさい!」
『…ってなんだぁ、コナン君か…』
愛しい想い人が…と思ったがそこにいたのはコナン君だった。
『こんな遅い時間に何してるの?風邪ひいちゃうよ、なんならお家まで送って…』
「大丈夫!蘭姉ちゃんたちならもうすぐ迎えに来るし!あ!今日ね、この辺と友達と遊んでたんだけど、もらったお菓子あげるよ!今日はクリスマスだしね!」
『…ありがと。クリスマスパーティーでもしてたの?』
「うん!まぁそんなとこかな…あ、おじさんの車だ!…ねぇお姉さん、サンタさんって信じる?」
『サンタさん?…いるんじゃない?クリスマスに夢と希望を届けてくれる素敵な人よね』
「だね!ボクも信じてるよ!サンタさんは夢と希望と…最高のクリスマスプレゼントを届けてくれるってね!じゃあ、またねー!」
最高の、クリスマスプレゼント、か…。
今日の私にとってそれは、この小さなお菓子かもしれないね…。
コナン君に貰ったお菓子を開けて、口の中に放り込む。甘い味が口いっぱいに広がる。
エレベーターを降りて、自室へと向かう。吹き抜けになっている外は綺麗だ。雪景色は世界を美しく染める。
『………あーあ』
楽しみにしてたのに、バカ。
ぶつける相手のいない痛みが苦々しく胸に広がる。
それでも気を取り直して今宵は一人で宴だと、自室へ続く角を曲がった時だった。
「おかえりなさい」
『………は?』
突然会いたくて、会いたくなくて、大嫌いで、大好きな人の姿が目に飛び込んだのは。
『……何してんの』
「クリスマスなんですから、世界で最も愛する人のもとに駆けつけるのは当たり前でしょう?」
『…………』
驚きのあまり、声すらあげることもできなかった。何で?なんでここにいるの?
『…待っててくれたの?私が今日、残業で帰ってこなかったらどうするつもりだったの…』
「そのときは朝まで待ってるつもりでしたよ…。君のためならそのくらい、大した苦ではありませんから」
『…なんでよ…』
会いたかったのに。諦めきっていたのに。
『なんでそんなことしてくれるのよ…ばか…っ!』
そんなことをしてくれたと、その事実だけで目頭が熱くなる。透は本当にずるい。優しくて、ずるい。
「泣かないで…ちゃんとケーキも買ってあるから。君の買ってきたものと合わせて今日は2人で過ごそう?」
『ん…もう…遅いよ…日付、変わっちゃうじゃんかぁ…っ』
こんなときでも素直になれない私を受け止めてくれる透は、私にとってかけがえのない人なんだ。
「…クリスマスは、夢と希望と、最高にスペシャルなプレゼントを届けてくれるって知ってた?」
なんだかどこかで聞いたような台詞だ。透がここにいる。それだけで夢も希望も、最高のプレゼントも、一気に手に入ったようなものだ。
「…これは僕からのプレゼント。…受け取ってくれるかい?」
ぼやける視界に映ったのは、煌めくダイヤの埋め込まれたシルバーリング。そっと私の冷え切った手を透の温かい手が包む。するりと左手の薬指にぴったりおさまるそれが、これが夢でないことを教えてくれる。
「僕と結婚してください」
大好きな彼の優しい声を聴きながら、彼の胸へと顔を埋め、
わたしは大きく、首を縦に振った。
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