短編

□降谷さんと雨の日
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『あぁー…もう、うっとおしい雨だなぁ…』


窓を叩く雨は、しとしと、なんて可愛いものでは無い。轟々と叩き付けるような雨は、このままいくと窓ガラスを破壊してしまいそうだ。

一切の晴れ間無く、濁った分厚い雲から降り続く雨は俗に言う「ゲリラ豪雨」という奴だった。それも都合の悪いことに明日の朝までこの酷い雨は続くらしい。


「…今日は無理そうですね、トロピカルランド。また別の日にしましょう」


『…………』


そう、ただの雨の日なら私だってここまで不機嫌にはならなかっただろう。いや、そもそも雨の日は好きではないのだがよりによって今日というのがなんとも都合が悪い。悪すぎる。


『…また別の日って…。………』


そう、今日は多忙な零のスケジュールを何とか合わせて作った遊園地デートの日だったのだ。零の多忙さは多分、誰よりも一番分かっている。

どれだけ帰りが遅くても、予定が狂っても、仕方ないと受け入れてきたつもりだった。確かに零は普段から優しいけれど、やはりデートだってしたいものだし、それもこれも全部、我慢してきたはずだ。


それなのに。


『……神様の意地悪』


「そうむくれないで。可愛い顔が台無しですよ?」


窓の外とにらめっこをしている私の顔を後ろから覗き込み、不機嫌な頬を軽く抓られてしまう。だってだって。私がどれほどこの日を楽しみにしてたことか。


『…だって、…もういけないもん』


「いけない、ってことはないだろ?」


『ううん!いけないもん!…今日の予定だって、3ヶ月くらい前に決めてやっと…。せっかく楽しみにしてたのに…』


やり場のない怒りについ口が尖がってしまう。こんなこと零に言ったって仕方ないって、分かってはいるのだがそれだけ今日の哀しみは大きかったのだ。自分の中の感情がコントロールできないくらいに。

…それに。


『雨なんて嫌い…。頭痛くなるし、どこにも行けないし、鬱陶しいし…』


「雨が嫌いかい?」


『大っ嫌い!!!…零は?嫌いじゃないの?』


せっかくのデートの日を潰されたのに、大して嫌そうにもしていない零にモヤモヤする。私はこんなにもこの日を待ち焦がれていたのに…零にとってはそうでもないの?
自分の気持ちばっかり先走っているような気がして余計に不機嫌になってしまう。


「うーん…」


『悩むってことはそんなに嫌いじゃないんだ。…デートいけなくなるのに。トロピカルランド、もういけないのに』


こんなこと言ったって仕方がない。
だけど今日は無理。本当に本当に楽しみにしてたんだから。


『…ごめん。零に怒ってる訳じゃ無い…』


一瞬の沈黙に怖くなる。零からしたらいい迷惑に違いない。雨が降ったのは、零のせいじゃないのに。
八つ当たりだ。自分が上手く行かないから零に八つ当たりしてるんだ。悪いのは私だけなのだ。…でもだったら、私のこのモヤモヤはどこにぶつけたらいいの。

無理矢理熱い塊を飲み下すように吐き出しそうなる言葉を抑え込む。喉の奥が苦しい。肺の奥も、軋んで少し、痛い。


「今日はいけなくてすごく残念だったけど…雨は嫌いじゃないかな」


酷く優しい声で零はそう呟くと、後ろから私をすっぽりと抱きすくめた。温かい、零の匂いがする。
変態だと思われるかもしれないが、零は本当に良い匂いがするのだ。甘くて穏やかな、安心する匂い。一人が寂しい夜も、零の匂いがする布団にくるまっていれば安心して眠ることができた。


『……どうして』


多分私の脳細胞は、大分零にやられてるんだと思う。だって、零が雨を好きだと言うのなら…好きになってもいいかな、なんて思えたり。

頬が少し緩んだ私に追い打ちをかけるように、零が私の耳元で呟く。こうしてずっと、くっついていられるから、と。


『……馬鹿じゃない…』


恥ずかしくて少しだけ笑ってしまった。だけど本当は嬉しくて嬉しくて、頭の中が熱くって、どうにかなってしまいそうだった。


「それに……」


『ひゃっ!?』


はむり、と甘噛みされた耳。耳は私の弱いところ。意識せずとも変な声が漏れて、恥ずかしさに顔が赤くなる。


「これだけ雨の音が煩かったら…いっぱい鳴いても恥ずかしくないだろ?」


『ば…ッ!か…、ぁ…ッ』


うなじ、首筋。少しずつ、ひとつひとつを掠めて降りてくる唇。身体はその度にぴくんと跳ねて逃げ出そうとするが、優しく抱きしめてくるその腕は、私の身体が逃げ出さないようにいつの間にかしっかりと強くなっていた。


『ちょ…こんなとこで…』


「後でベッドでもしてあげるよ」


後で、って何回するつもりなの…!!抵抗の言葉は無意味なのも分かり切ったことだった。恥ずかしいと思うけれど、もう身体はいつのまにか零に預けきっていた。
本当に私の頭は零にやられてるんだと改めて思う。


結局その場で最後まで、そしてお風呂場で、最後にはベッドでも、三回抱いたところで零は漸く解放してくれた。
一度あまりにも元気なので何回できるの?と聞いたら「何回でも」と不敵な笑顔で返されたことがあったのだがあながち嘘でもないのかもしれない。


『うー…、もう。ばかばか。今日一日こうしてたばっかりじゃない…』


「嫌だったかい?」


『……嫌じゃない…けど…』


「じゃあもう一回…」


『む、無理!もうこれ以上やったら倒れる…』


細身に見えるのに、脱いだら逞しい、零の胸に寄りかかる。堪らなく幸せな時間には違いないのだけど、本当だったら今頃、観覧車にでも乗ってたはずなのになぁ…なんて、今更ながら思っていたり。


『零』


「ん?……ん」


確かめるように、唇を重ねてキスをする。激しさは無い、だけどどんな言葉よりも深く繋がっている口づけ。

雨はまだ、やっぱりあまり好きにはなれないけれど、こんな風にゆっくり愛を育めるのなら、たまには雨の日も悪くないかもしれない。






160728

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