トタン

□トタン屋根の上で
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目が覚めるとまだ早朝だった。とりあえずお決まりになりつつある目覚めた後の伸びをしてベッドから抜け出す。なんだか身体が軽い。左腕の痛みも幾分かマシになった感じがする。それだけ手当てが的確だったということだろう。安室さんには感謝してもしきれない。

窓の外では朝日が昇りつつあった。冷えた空気が徐々に温まりつつある気配。不意に外に出てみたくなるが鍵は閉まっていた。試しに窓に手を触れてみるがカリカリと爪がかかる音がしただけだった。

2月か。

ふとした拍子にカレンダーが目に入りやっと現実的な時の流れを感じる。今が何月何日で、何曜日で、何時で、なんてそんなこと考える余裕も無かった。私が猫になっても現実では当たり前のような日常が繰り返されていることに若干の寂寥を覚えた。まるで世界から私一人が(いや一匹か?)取り残されているかのような。

ぎしっと家具が軋む音がする。耳が良いせいで別の部屋の音まで聞こえてしまう。ぼおっとしてても勝手に耳に入ってくるが、集中して聞き耳をたてるともっと小さな音まで拾えそうだ。
ただそれをすると結構疲れるということに気が付いたのでやめることにする。

扉を開けて入ってきた安室さんはゆったりとしたスウェット姿で、一瞬凝視してからぱっと目を逸らした。そうだ。自分がこんな身体だから何も考えていなかったがよくよく考えればこれってど、ど、同棲…!!!
つまり私は安室さんのお家の中でしか見られないようなあんな姿やこんな姿を合法的に見ることができるし、というか見たくなくても見るハメになるわけだし、もし彼女とか安室さんにいたとしてお家に連れ込まれでもしたらせ、せ、セック…スの場面を見るハメになったりもしちゃったりする訳になるのか…!

それは流石に…精神的にはお年頃の女の子にはちょっと刺激が強すぎる。

ひとりで盛り上がってプスプスと湯気が出そうになっている私を尻目に安室さんが着替えだしたものだから堪ったものじゃない。なんで居間で着替えるの!?わざわざ私がいる前で!?普通に考えて私が猫だからなのだが逃げ出したくなって窓をカリカリした。というか無意識にカリカリしてた。


「出たいの?」


背後から急に話しかけられて飛び上がった。その姿を見て安室さんは軽く吹きだして笑った。


「お、飛び上がれるようになったんだな」


あ…そういえば確かに…。
痛くない訳では無いが、左足に十分に力を入れることはできる。


「まぁ…いいか。ちょっと待ってね」


安室さんは一旦その場を離れた。というかさっきから気になってたのだがその上半身裸をどうにかして欲しい。救急箱をもって彼は直ぐに戻ってきたが、やっぱり半裸のままだった。救急箱より服を着て欲しかった。

安室さんはいつも通り治療をしてくれるが安室さんの身体が気になってじっとしていられない。なんと言ったって、無駄に良い身体をしているのだ。鍛えられている、というのが一目くれただけで分かる。着やせするタイプなのか服の上からではあまり分からないが脱いだらすごいとはまさにこのことだ。しかも、なんか良い匂いがする。甘い匂いというか清潔な香りというか、香水じゃない、自然な匂いがするしもう勘弁してほしい。あと近い。治療しているから当たり前なのだが。

いつもの何倍も長く感じる治療を終えると、窓を開けてくれる。やはり外はまだ寒いようで冬の風が部屋の中に入り込んだ。その場から逃げ出すように一歩、一歩と恐る恐る外に出てみる。外の世界が途方もなく広く感じた。
安室さんはくしゃっと最後に私の頭を撫でた。もしかしたらもう帰ってこないと思っているのかもしれない。無論、私の帰る場所は今ここしかないので私からしたら帰ってきていいの?という感じなのだが。

外に出てみると、寒さには割とすぐ慣れた。塀の上を伝い、地面に降りたつと車がやってきたのだがあまりの圧迫感に半ばパニックに陥って、とりあえず一旦高い場所に避難する。地面を歩くのはなかなか危険が多そうだ。

丁度、通勤、通学時間のようで、みんな寒そうにマフラーに顔を埋めながら歩いている。小学生だけはきゃあきゃあと黄色い声をあげながら走り抜けていた。

おーおー…若いねぇ…。

人間観察とは面白いものだ。猫になってから気が付く世界もあるんだな、としみじみ感じる。覚えていないが猫になる前はきっと小学生を見てこんな和やかな気持ちになることもなかっただろう。


「あー!!猫です!!」


「ホントだー!!!!」


はーい猫ちゃんですよ。猫ってだけでこんなにもてはやされるだなんてちょっといい気分。なんて得な生き物なのだろう。


「あともうちょっとだよ!!!」


え、と思った時には小学生が塀によじ登ろうとしていた。やめなさい!色んな意味で!とその場を逃げ出す。しばらく歩くとすぐに私が倒れていたトタン屋根の廃屋についた。この屋根の上なら流石に手が届かないだろう。
性懲りもなくあの小学生たちは着いてきたようで触りたい!!とキラキラした眼差しで私を眺めていた。
ふふん、餓鬼ども。流石にここまではこれまいと子どもたちを見下す。


「可愛い…哀ちゃんが見たら喜びそうだね!」


「じゃあ、帰り道灰原さんをここに連れてきましょう!」


「コナンだったらなんとか触れる方法教えてくれるんじゃねーか?」


こいつらはまた来る気なのだろうか。まあそれまでに帰れば済む話だ。ざまーみやがれ子どもたち。

優越感に浸りながらトタン屋根の上で丸くなる。少し疲れた。日差しが気持ちいい。日向ぼっこが幸せだ。春の兆しを少しだけ感じるお日様を浴びながら気持ちよく日向ぼっこをした。



180106

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