トタン

□煙草と煮干し
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赤井さん、の家は本当に大きくて、その癖に一人しか住んでいないからとても閑散としている。
少し古くなった木の匂いと、煙草とコーヒーの匂いが1階には充満していた。

窓から侵入し、居間の方へと顔をだすとなにかの気配を察したかのように赤井さんが振りかえり目が合った。この人の察知する能力は動物並みだと思う。今日の赤井さんはピンク色の髪の毛のほうのようだ。

赤井さんは私を見ると少し顔を緩めたように見えた。まったくもう、どいつもこいつも猫というだけで私に気を許しすぎだと思う。こっちからすれば…まぁ、ちやほやされて悪い気はしないんだけれど…。


「今日はお客様が多い日だな。どうぞ」


お客様?どういう意味だろうかと不思議に思いながら入るとあのやたらと大人びたメガネの子供がソファーに座り、オレンジジュースを啜っていた。


「あ、この猫!」


「ボウヤも知っているのか?」


「うん、前に下校中にみんなが触りたいって言ってたんだ」


オレンジジュースを置き、駆け寄ってくる「コドモ」に一瞬警戒して逃げそうになったが、この子は不躾に私を触ってきたり抱き上げたりはしなかった。距離をきちんと計りながらそっと手を伸ばしてきてちょん、と触れるように撫でてくる。私が警戒しないようにしてくれてるのかもしれない。


「赤井さんが飼ってるの?」


「いや、一度だけ煮干しを与えたくらいさ。今日も来たということは餌をねだりに来たのかな?」


赤井さんがその場を離れると、数分もしないうちに煮干しの良い匂いが漂ってきた。どうやら少しだけ直火で炙っているらしい。そのおかげで美味しそうな香りがなおの事広まってしまっている。
煮干しを準備してくれている間、私はメガネ君に好きなように触られ続けた。慣れてしまえばどうということはない。むしろ撫でられるのは気持ちがいいし、心も落ち着いていく。

そういえばこのコドモはやはり「コドモ」なのだろうか?哀ちゃんの言葉を思い出す。あの子は自分はある薬で小さくなったと言っていたけれど、この子は?
眼鏡の奥の澄んだ瞳を覗いてみたけれど、何かが分かる気配はなかった。

赤井さんが帰ってくる。手には煮干しが2匹ほど握られていて、メガネ君の腕の間を潜り抜け私は赤井さんの方へと向かう。
満足そうに膝の上においでおいでをする赤井さんの足に飛び乗ると焦らすように煮干しを高く上げられたのでふとももを軽く咬んでやった。
苦笑した赤井さんは素直に私にちぎった煮干しをくれる。


「なんだか…アレだね…赤井さん…」


「ん?」


「赤井さんも猫の前じゃそんな風になるんだね」


どうやら赤井さんのそういった行動がメガネ君には随分新鮮に見えるらしい。メガネ君が珍しいものでも見たかのように声をかけると赤井さんは軽く笑って私の頭を撫でた。


「可愛らしいじゃないか。それに…」


私は煮干しに夢中で赤井さんの話なんて半分以上聞いてない。無くなった煮干しを名残惜しむかのように赤井さんの指を舐める。
煙草の匂いが残る赤井さんの指。


「この猫は、不思議な感じがしないか?言葉では上手く言い表せないが…。なんでも知っているような、只者じゃない、みたいな…少しボウヤと同じ匂いがするな」


「それ、どういう…」


「正体が掴めない、ということだよ」


二人の間に一瞬殺気だったような、お互いを探るような空気が流れたような気がした。そんな中私はさっぱり空気を読まず、伸びをした上にふにゃあとフ抜けた声が出てしまったものだから、3人で目を合わせて笑ってしまった。
勿論、私は笑うことなんてできなかったけれど。


「そうだ、赤井さん。少し前の新聞見た?」


先程までの重い空気が消え、メガネ君が思い出したように話しかける。赤井さんの前でのメガネ君はもう確実に小学1年生じゃない。こんな大人とハキハキ意思疎通できる子供が存在するなんて信じられない。


「ああ…朝刊に小さく載っていた記事だろう?薬品会社が爆発したという」


「うん、ねぇ、やっぱりあれって」


「ああ、組織の実験室だ。俺も詳しいことは知らないが…確かあそこの実験室はあまり…」


赤井さんが険しい顔をする。何の話をしているんだろう?実験室?爆発?確か…安室さんもそんな話をしていたような?


「どうしたの?何か特別なことをしていた場所なの?」


「そうだな…。あそこは組織でも1番大きな」


言葉を濁す。聞いても無いのに耳に飛び込んでくる言葉。冷たい何かが心の中を過ったような気がして、赤井さんの膝の上で丸くなる。なんだろう、風邪かなぁ?猫も風邪をひくんだろうか?


「人体実験施設だよ」


赤井さんのシニカルな声が頭上で響き渡った。
ずきん、と頭のどこかが鈍く痛んだような気がした。





180817

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