トタン

□こわいゆめ
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真っ暗。真っ暗だ。私は部屋の隅に丸まって、できるだけ体温を逃がさないように丸まりながら浅い眠りを繰り返している。
周りは一面冷たいコンクリート。じかに触れるとそのまま自分の体温ですら吸い取られてしまいそうな錯覚がして、私はぼろ雑巾のようになった布団というにはあまりにも小さすぎる布きれを床に敷いて眠っている。
深い眠り、という感覚はない。躰も頭も眠っているつもりでもどこか一部分は起きていて、そうしておかないと扉が開いた音に気が付かないのだ。そしてその一瞬の反応の遅れは、即自分への苦痛へと繋がる。
うつろな頭で私は繰り返しつぶやいている。当たり前の日常はもう帰ってこない。期待はしない。希望だってとうに捨てた。殺されるのは今日か、明日か、それとも殺されはしないのか。それならばいっそのこと殺されてしまった方が楽なのにとも思う。寝返りをうつと躰の節々が軋んだ。かび臭いにおいがつんと鼻をくすぐった。
足音が私の部屋の前で止まった。ああ、また今日が始まってしまう。うつろな頭で私は繰り返す。タスケテ、タスケテ、…ダレカ、タスケテ………。
音を聞くだけで重いと分かる鉄の扉がゆっくりと開き、光が部屋へと差し込んだ。
外の世界には銀髪の悪魔がこっちに来いとせせら笑っている。




『フニャッッッッ!!!』


びくん!と体に衝撃が走ったような気がして思わず飛び上がった。何事かと考える間もなく安室さんの大きな瞳と目があいどきんと心臓が高鳴った。


「大丈夫?」


優しい声をかけられあたりをきょろきょろと見渡す。ここは、…いつもの安室さんの家、の私の場所。安室さんが作ってくれた特製のベッドで寝ていたのか。
布団の柔らかさと温かさに安心する。…さっきまで何の夢を見てたんだっけ?

安室さんの大きな手がこちらへと伸び、頭を数回撫で付けてくれる。安心する。早く打ち出していた心臓が平穏を取り戻し始める。それでもまだ体の震えが止まらない。自分がこのまま震えに飲み込まれてしまいそうで、甘えるように安室さんの腕に体を擦り付けた。安室さんは優しい目を崩さないまま私のことを抱き上げてくれる。


「甘えただな。こわいゆめでも見たのかい?」


こわいゆめ?…見てたのだろうか。見ていたのか。だってほら、こんなにも体が震えている。漠然としか思い出せないけれど、とても暗くて、とてもこわくて、私は絶望に苛まれながら、誰かの助けを待っていた。…何に対して?よく分からない。

安室さんの胸は力強い鼓動を放っていた。私よりゆっくりと打ち出すその旋律は私のことを落ち着かさせた。暖かい。温かい。ずっとこうしていたい。ずっとこうやって私のことを抱き上げて、傍にいてほしい。…なんて思うのはやはり、こわいゆめを見たからだろうか。

それとも。


私がある程度落ち着いたのを確認すると、安室さんは私を再びベッドに降ろした。本当は、…もう少し、ああしていたかったな。今はとても一人じゃ心細い。だけどそれを伝えることはできない。せめて言葉が話せたら、もう少し傍にいて、抱いていて、って言えたのだろうか。言葉だけで見るととても恥ずかしい言葉に見えるが実際そうして欲しいのだから仕方ない。
それでも精一杯その気持ちを伝えようと安室さんの後ろを必死についていって、その足に擦り寄ると安室さんは笑いながら「お腹が空いたの?」と問いかけた。
違うのに…。そうじゃない。なんともやきもきする気持ち。ご飯もまぁ…お腹は空いているし食べたくない訳じゃ無いんだけど。本当は。

結局安室さんは私にご飯をやると、さっと身支度を整えどこかに行ってしまった。私は広い部屋にひとりぼっちに取り残される。なんとなく外に出る気にもなれず部屋をうろうろした挙句、安室さんのベッドに丸まることにした。

…安室さんの、匂いがする。

私の小さなベッドとは違い、だたっぴろい空間に柔らかいクッションが置かれている、そして安室さんの匂いが強くするベッド。
その匂いに包まれ、うとうとするのはどこか心もとないけれど満たされた気持ちになれた。

寂しいな。

微睡の中でぼんやりと考える。早く帰ってきてほしいな。それはとても素直な気持ち。身体がこんな風になって、ひとりで生きていく自信が無いのかもしれない。だからこんな風に素直な言葉が飛び出してくるのかも…。

私を助けて、面倒を見てくれる優しいお兄さん。私はいつまでここにいていいんだろう?安室さんは私を飼っているつもりはないと言っていたし…。
私が一人で生きていけるようになったら、もうここにはいられないのかな…。

うとうと、うとうと、夢の世界に入っていく。
次に扉が開く音で目が覚めるまで、私は安室さんの匂いを堪能しながら幸せな夢を見ていた。





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