短編2

□降谷君と甘酸っぱい高校時代
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いつもあたしは
あなたより先にあなたを見つける
あたしは知らないふりをする
あなたがあたしを見つける
あたしは何も知らなかったような顔であなたに笑いかける
そんな、毎朝の光景



「おはよう、今日も眠そうだね」


『おはよ、降谷くん。今日もしゃきっとしてるね』


がたん、ごとんと不規則に揺れる電車の振動が心地よい。ドアに頭をもたれかかり外の景色をぼんやりと眺めていたあたしは降谷くんが近づいてきたからあわてて身体を立て直した。
朝のラッシュ時刻から少しだけ早いこの時間の電車は空いていると言ってもまばらにしか席は空いていない。それでも、もしあたしがなによりも睡眠を第一に優先するような人間だったなら電車に乗った瞬間に真っ先に空いている席に駆け込んだだろう。
だけど今は、必ず一番後ろの車両の、一番前のドアから乗って、進行方向から右のスペースがあたしの場所だと決めている。こうやって立っていればあたしは隣の駅から乗ってくる降谷くんを真っ先に見つけることができるから。
そして、きっと降谷くんもあたしを見つけてくれるから。

そもそもあたしは睡眠が一番大切だし、できることならこの2本あとの満員電車に揺られながら始業2分前に到着したい。だけどあたしがそれをしない理由はたったひとつだけ。この電車なら降谷くんと通学できるから。ただそれだけだ。


「2限目の現国、宿題やった?」


『え、うっそ、あれ宿題なんてでてたっけ?』


「どうせ寝てて聞いてなかったんだろ?いつ見ても寝てるからね」


『だってあんなの子守唄にしか聞こえないんだもん…。ね、一生のお願い!ノート…後で見せてくれない?』


「何回目の一生のお願いなんだか…。ま、別にいいけど。貸し、な」


他愛無い会話。ただのクラスメイトの会話なんだけど、今は二人っきりの会話。
こんな会話あと何回出来るかな。窓の外では梅の蕾が膨らみ始めていて季節の速さに焦燥を感じる。もうすぐ春がくる。あたしが降谷くんに出会って四回目の春が来ようとしている。
向かいあってもたれかかっている降谷くんの顔を見る。やっぱり、格好いいな。1年生で同じクラスになれた時から思ってた。一目ぼれってこういうことをいうんだって実感した。1年の頃は、同じ教室にいて、降谷くんが発言するたびにその声を注意深く聞いたものだ。2年でクラスが離れて寂しかったけど、廊下で見かけるだけで幸せな気持ちになれた。夏ごろだったか、日直の当番で早く学校に行かなくちゃならなかった時に2本前の電車に降谷くんが乗っていると知ったのは。そして3年でまた同じクラスになれて、1回目の席替えで降谷くんの後ろになったときは悪い夢だと思った。勇気をだして話しかけてから朝の電車での習慣は続いている。


『もう、春だねぇ』


「ああ、…国立の大学だっけ?」


『うん、親がうるさくって…でも、決まってよかった。降谷くんは警察学校だったよね。あれって家から通えるの?』


「いや、全寮制だから春から寮生活だよ。…みんな、バラバラだな」


『…うん。授業ももう、今週で終わりだもんね』


なんとなく、お互いに黙り込んでしまい流れる景色を見つめる。春からはもう離れ離れだ。卒業したらもう歩いていて、電車に乗っていて降谷くんを見かけることもない。寮生活ってどんなものなのかあんまりイメージがつかないけれど、警察学校の寮だったらきっと外出もそう簡単にできないに違いない。
もう少しだけ、こうして話していたいな。
学校の最寄駅が近づくにつれ電車がスピードを落とす。きりきりと響くブレーキの音。扉が開いたら今日一日が終わったも同然だ。もう席も変わって離れたし、午前中しか授業は無いから話すチャンスもそうないだろう。あとはもう明日の電車に乞うご期待、だ。それもあと片手で数えられるほどしかない。
ぷしゅ、と空気の音がして扉が開く。あたしは降りようと扉に向かうが降谷くんは動かない。まさか立ったまま眠っているのだろうか。


『……降谷くん?降りないの?』


「…サボろうか」


『え』


言葉の意味を理解する間もないままゆっくりと扉が閉まった。始業にはまだまだ早い時間だから、次の駅で降りて戻っても十分間に合うのだが降谷くんは今なんて言った?

降谷くんの顔を伺うが相変わらずのイケメンなだけでなにを考えているのかわからない。ゆっくり、ゆっくりと電車が加速していく。学校と現実が遠ざかっていく。


「海」


どうしていいか分からず仕方なく窓の外を見ていたらぼそ、と呟くような声が聞こえた。


『海?…がどうかしたの?』


「この電車、もう少し乗ってれば…白北の海に着く」


『うん?あの、昔は栄えてたけど今は廃墟になっちゃったリゾートホテルがあるとこだよね。それがどうかしたの?』


「…今から、いかないか?一緒に」


『どうして?』


「どうしてって…」


白北にはシーズンでも地元民しか来ないような小さな、だけど綺麗な海がある。子どもの頃はまだリゾートホテルが経営していて初夏には何度か潮干狩りにいったものだ。だけどホテルが廃墟になってしまった今は見る影もないくらい閑散としている。そんなところにいったいなにをしに行くというのだろう。まぁ、なんにせよ降谷くんとこうしていられることはとても嬉しいのだけれど。


「もう、しばらくは行けないかもしれないから」


『ん?ああ…寮生活だもんね。降谷くんもあそこの海よく行ってたの?あれ、でも降谷くんって中学の時にこのへんに引っ越してきたんじゃなかった……』


「そうじゃなくて」


降谷くんが一歩、こちらに足を踏み出した。背、やっぱ高いよなぁ。1年の頃に比べたら体格だってすごく大きくなった。男の子だなって実感する。こうして二人とも大人になっていく。次に会ったとき、あまりに二人の雰囲気が変わりすぎて、あたしが降谷くんに、降谷くんがあたしに気が付かなくなってしまったら、ヤだな。


「会えなくなるから。今のうちに。……。好きな人と海を見に行きたい」


あたしだって最後に思い出が欲しい。降谷くんと毎朝こうやってドキドキしながら話せたことは、それはそれで大人になってときに思い出なんだろうけど。
降谷くんもそんな風に思ってくれてるんだろうか。それなら少し、いやかなり嬉しいな。好きな人と、だなんて。…ん?好きな人?……ん?………んんん?


『…降谷くん?え?今、え?なんて?え?』


「もう言わない」


ぷい、とそっぽを向く降谷くんの頬が微かに赤みがかって見えたのは気のせいだろうか。
だけどあたしはそんな降谷くんの数倍は顔が赤いような気がする。かっと頬が熱くなる。もたれかかった窓が吐息で白く染まる。このままこの電車は海に向かう。あたしと、降谷くんを乗せて。

景色が前から後ろへ現実と共に流れ、遠ざかっていく。
がたんごとんと不規則に揺れる電車の空間が、なんか心地よかった。



181207

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