短編2

□殺し屋と警察官――朔
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七条瑠璃、25歳。職業:殺し屋。私の一家は由緒正しき暗殺一家で、物心がつくころにはもうそれは日常として私の生活に組み込まれていた。
依頼が来れば、ターゲットを始末する。
ただそれだけの、とても簡単なことだ。


「お見事…と、とりあえず言っておきましょうか」


不意に男の声が背後に聞こえてゆっくりと振り返った。全く…こんなことにも気がつかないだなんてちょっと気が緩んでたかな。私はまだまだ甘い。

振り返った先にはポアロのお兄さんが立っていた。一瞬、この男をここで始末すべきかと考えたがそれはあまりにリスクが高いと思い、やめる。無駄な殺しはできるだけ避けた方が良い。


『どうもありがとう。じゃ、私はこれで』


路地からでようとする。よほど肝が据わっているのか、特にこの男は取り乱すことも無かったので放っておくことにしたのだ。どうせ明日にはこの現場は綺麗さっぱり何事もなかったかのようになっているのだから。
だけど、お兄さんは私の前に立って動こうとしない。


『…ちょっと、どいてくれません?』


「死体はどうするんです?」


私の言葉は無視して呑気な声が返ってくる。うわ、なんだよこいつ。興味本位にこういうこと聞いてくるタイプ?一番厄介なタイプじゃないの。


『さぁ。この先は私の管轄じゃないから。じゃ』


適当に彼の言葉を流して横をすり抜けようとする。狭い路地なんだから譲ってよね、と心の中でくさくさしていると不意に――ぞっとするくらい落ち着いて、低い声で彼は呟いた。


「コードネーム:イザヨイ」


反射的に彼と距離をとり、拳銃を構える。この男、危険だ。まさか私を殺しに来た殺し屋だろうか。どうしてその可能性に気付かなかったのだろう。確かにこの場で私を始末すれば後の処理は格段に楽になる。
そんな考えを一瞬で脳内に張り巡らせている私とは裏腹に、彼は困ったような顔で両手をひらひらと上げて見せた。


「すみません、危害を加えるつもりではないのですが」


私は拳銃を構えたまま降ろさない。なんだ?この男は。私は彼の存在の位置を決めあぐねていた。そうだ、この男には確かに私に対する敵意のようなものがない。いかに優れた殺し屋でも、特にこういった場では自分に向けられた敵意というのは隠しおおせないものであると思っていたが。
本当に私に危害を加えるつもりはないのか――それともそれすらも演技なのか。…どっちだ?


「僕は丸腰ですから。どうか拳銃は降ろしてくれませんか?」


『……あなた、何者?』


いつでも脳天を打てるように狙いを定めながら言葉を紡ぐ。
彼は少し考えるような素振りをしたあと、ゆっくりと答えた。


「降谷零です。…ゼロに所属しています」


『……ゼロ?ふうん…』


私は狙いを外さない。


『で、その警察官サマが私に何の用?殺し屋と警察官なんて、あまり良いことが起こる組み合わせには聞こえないけど?』


「…信用してもらおうと本当のことを言ったんですが。逆効果でしたかね」


彼の言葉を吟味する。確か、確か――この人。ポアロで。


『…そうね。まぁいいわ――安室さん?』


わざと強調するよう言ってから拳銃を降ろした。彼は苦笑する。確かこの人、ポアロでは「安室さん」と呼ばれていたことを記憶していたのだ。つまり「降谷零」が本当のこと、というのは―要するに、そういうことだ。だが、警戒心が薄れた訳では無い。公安が、わざわざ本名まで明かして、余計に私に何の用だというのだろう。


「いえ、忘れ物をしていたので。それに貴女、もうポアロには来なさそうでしたし。…こういうことは他のお客様の迷惑になりますから、やめていただかないと」


そう言うと彼、降谷零は私が件のテーブルに取り付けていた盗聴器をぷらぷらと取り出した。なるほど、それで「またきてくださいね」…か。


『心配しなくても、それは1日で盗聴器としての機能は潰れるように細工してるし自然に床に落ちてあなたたちが捨ててくれるような見た目にしてる』


盗聴器といっても、小さなガムくらいの大きさで床に落ちていても特に気に留めないような色でカモフラージュしている。彼がそんなこと気がつかないようにも見えないが。


『…いつから気づいてたの?』


「コーヒー、むせたでしょう?あの時に目が合った時から何かを感じていました。それで少し気になったので色々調べさせていただきましたよ」


陽が沈む前に私のコードネームまで調べるなんて相当な手際の良さだ。それにしても、私に気がついたのが奇しくも私と同じ瞬間だったとは。なんだか真似をされたようで腹が立つ。


「貴女、自分が思っているより有名ですから。勿論顔や性別、年齢は出回っていませんがコードネーム、イザヨイの名前は…」


『その名前、嫌いなの。呼ばないでくれる?』


知らず知らずの間に出回っていた私のコードネーム。その名づけの親はなんと父の友人のただの酔っ払い親父が冗談で言った言葉がそうなのだから余計に気分が悪い。


「それは失礼いたしました。えぇと…」


『……瑠璃よ。七条瑠璃』


「そう、瑠璃さん。君はもう少し、自分のことを自覚した方がいい」


『忠告のつもり?警察官サマは偉くていいわね』


フンと鼻で笑ってやる。自分こそが、自分の仕事こそが正義だと信じそれを権力に振り回す警察官は昔から嫌いだった。というより、何故殺し屋は絶対的な悪で、警察官は絶対的な善として扱われるのか理解できなかったのだ。勿論殺し屋が善なのかと言われれば、それははいそうですと言えないようなことだが。


「彼は何故彼女の荷物を荒らしていたのでしょう?」


『さぁ。物取りの犯行にでも見せるつもりだったんじゃない。ま、死体を処理する人間がいない時点でこの男の小物さが分かるわね。一人で殺して処理までするなんてリスクが高すぎるもの』


「つまり、この場は誰かが掃除すると?」


『私は顔を見たことはないけど、掃除屋がいることは確かよ。私たち殺し屋と同じように、依頼されてその場を跡形もなく掃除してくれるの。ほら、行くわよ。奴らもそろそろ来る頃だと思う。同業者は同業者のテリトリーを侵さないっていうのは暗黙の了解だからね』


依然としてこの男は動こうとしない。全くもう、厄介で頑固な男だわ。充分にお喋りはしただろうに。


「……何故、見殺しにしたんです?」


囁くように、呟くように、彼は言葉を零した。数秒遅れてあのおばさんのことを言っているのだと理解する。


『…別に?わざわざ私がどうして?』


「君ほどの能力があれば彼女を助けても、ターゲットを獲ることはできた筈だ」


その言葉に非難めいたものを感じ、彼の顔を見上げる。その瞳には何も浮かんでいない。


『さぁ。彼女を助けることは私の仕事の中に入ってないもの。それとも今ここで私を逮捕する?』


これ以上のお喋りは無用だ。今度こそ彼の横をすり抜けて路地を抜け出ていく。新月の夜の空は沈黙ばかりが広がっている。


「また会いましょうね、瑠璃さん」


彼の言葉の意味を図りかねながらも、私はいつものように家路についた。





190825 続きます
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