短編2

□殺し屋と警察官――朏
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カラカラとショッピングカートを怠慢に押しながら食糧をまとめ買いする。
今日は何日かぶりのオフだ。
とはいってもやることもないけど。瑠璃は仕事の時よりも冷めた目で目についた特売の冷凍食品を機械的にカートの中に運んでいた。









「………おや?偶然ですね」


『………………』


人目が無ければこのままこの男をカートで轢き殺していたかもしれない。このカートで殺すにはどうしたらいいのかしら。全速力で「ドンッ」と撥ねたら腕くらいは折れるかな。
なんて物騒なことを考えている瑠璃の思考を中断するように男は声をかけ続ける。


「今日はオフですか?こんなところで偶然会うなんて運命を感じますね」


『………………』


「本当に瑠璃さんはこうして買い物をしていると目立ちませんね。あ、勿論良い意味で、ですよ。仕事のことなんて微塵を感じさせない」


『うるさいストーキング野郎』


結局押し問答に負けたのは瑠璃のほうであったが、瑠璃の声を聞くと男は満足そうににっこりと笑った。


「今日はストーキングじゃありませんよ、本当に、たまたま、です」


『今日はってことはいつもはストーキングってことよね。警察に相談しようかしら』


「警察は僕です」


『世も末だわ』


精肉コーナーの冷気が流れ込んできてぶるりと身震いする。なんだか不思議だな。そういえばこの警察官を明るい場所でじっくり見るのは初めてかもしれない。黄色がかったシャツにぎりぎり踝が見えるか見えないかの丈の茶色いスラックス。革靴はそれなりに高いものだな。こうしてみるとまるで雑誌のモデル、もしくは洋服屋のお手本のような服のチョイスだ。さすが爽やか風イケメンは裏切らない。


「どうかしました?」


『別に。なんでもないわよマネキン君』


「マネキン……?」


カートを押して移動すると当たり前のように隣に並んで歩いてくる。瑠璃はうんざりした気持ちになった。


『ついてこないでよ…』


「瑠璃さんは服とかには興味がないんですか?」


先程まで観察していた部分を見抜かれたような発言にどきりとする。流石はゼロに所属する男だ。やはり言動には注意しなければならない。
誰も信用するな。心の中に入れるな。
父の言葉が不意に蘇る。

それでもこのくだらない会話の中に特段私の仕事や命に関わるようなことはいような気がするが。


『ない、ね。歩いていて浮かないようには気を付けてるけど。一般的な女性で充分だわ』


「瑠璃さんはお洒落をしたら似合うと思うんですがねぇ。化粧も」


『目立ちたくないの。あなたみたいに』


「あなたみたいに」の部分は皮肉を込めて言ったつもりだったが彼は爽やかに笑って見せただけだった。こういう躱しは相変わらず如才ない。恐らく自分の顔やスタイルの良さを褒められることには慣れているんだろう。そしてそれを嫌味なく躱す術も。


『もういい?私は貴方とお喋りしてるほど暇じゃないの』


「そうですか?随分退屈そうに買い物をしているように見えましたが」


『私は退屈そうに買い物をすることに忙しいの。分かる?』


「見事に冷凍食品ばかりですねぇ…」


『ちょっと、人のカートの中を見ないでよ』


「これじゃ栄養がとれません。ほら、ここのレシピは結構美味しいし手軽にできるものばかりですよ」


そう言いながら棚に掛けられているはがきサイズのレシピを私に差し出す。ここのスーパーが提供しているレシピらしい。


『いらない』


「………もしかして、瑠璃さん」


『いらないってば。何よ』


断固として受け取らない私を見て彼は何かを察したらしい。次に飛んでくる言葉の予想がついてぷいと彼に背を向ける。


「料理…苦手なんですか?」


『…………………………できるもん』


ある程度なんでも昔から器用にこなしてきた瑠璃だったが唯一苦手なことがある。それが料理だった。そもそも「適度に」とか「柔らかくなってきたら」とか「少々」とかいう表現法が悪い。そんなものどう感じるかなんて人それぞれなのに。かといってグラム表記で示されてもわざわざ量るのも面倒くさい。それに職業柄家でゆっくりご飯を食べる時間が無いのも事実だ。――勿論すべて言い訳ではあるが。


「今度僕が料理を教えてあげますよ」


『な、何よ…そういうあんたはどうなの…』


悔しくなって彼のカートに目を向けるが中身は野菜に魚に肉に…バラエティに溢れていた。調味料が殆ど入っていないところから察するに家で本当に料理をしているんだろう。調味料といえば特売のマヨネーズだけ入っているところにも生活感を感じる。

レジに並んでいる最中に後ろでポイントカードを出している姿を見たときには吹き出しそうになった。なんてポイントカードの似合わない男なんだろう。変な男。イケメンで、憎たらしくて、仕事中に会う時には隙のないように見えるのに――不思議な生活感。彼もオフなのだろうか、とどこからともなく疑問が湧いてきたが、こちらから質問するのも何か癪なので、やめる。


「今度瑠璃さんの手料理を食べさせてくださいね」


『ぜっっっったいに嫌。あなたに食べさせるくらいなら近所のワンちゃんにあげた方がマシ』


「ひどいなぁ。でも今日は瑠璃さんのことを知れて良かったです」


『あ、そ』


不満を含んだ彼の声を背中越しに聞きながらスーパーを後にする。もうついてはこないだろう。空はもう薄暗くなってきている。仕事が無くてもこの時間は自然と背筋が伸びる――。

と、突然お腹が鳴った。今日料理をするとあの男にそそのかされたみたいだからやめよう。今日は冷凍のパスタでいいか。別に料理なんてできる必要性を感じないけど。空腹を満たせたらそれでいいんだし…。別に…。
まぁでも、卵を割る練習くらいはしてやってもいいかもしれない。




続きます
190908

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