短編2
□殺し屋と警察官――そしてまた月は昇る
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―――ああ、これは罰なのだろうか。
左胸が牽引されるような痛みの後、ひゅっと肺がしぼんだような息苦しさがじわじわと上がってくる。
暴発した銃弾が貫いたであろう辺りの場所を手で触ると、ぬるりと生温かいものが大量に溢れ出ていた。
その場所を、直接目で見なくとも大量の血を吹いているのは明らかだった。
崩れ落ちそうになる身体を必死で踏ん張って、一歩一歩、ゆっくりと零の元へ向かう。
『…れ、い。……零……』
零の髪は、血に染まっていても、やはり月の光みたいな色をしていてとても綺麗だった。
その髪に触れたいと伸ばした手は、そこに届くことなく、だらりと地面にぶら下がった。
少し遅れて身体が地面に伏す。
零も相当意識が混濁していたのか、重たげに瞼をあげて瞳だけこちらを見る。
一瞬、ぼおっとしていたのか無表情に私を見ていたが、はっと目に光が宿ったかと思うと心配そうな声で私を呼んだ。
「瑠璃!?血が…」
『……は…っ、零……』
目の前に、零の顔があるのに躰が動かない。
視界が霞む。嫌だ。死にたくない。だけど、血は止まらない。
『罰…か…なぁ……。私…なんかが…あんなに人を傷つけてきたのに…誰かを守りたいなんて……思ったから……』
汗にまみれた顔の中を、次々と涙が滑り落ちていく。
死にたくない。ずっと零の傍で生きていたい。死にたくない。死にたくない。涙が零れるのを止められない。
『…やっと…零に会えたのに…。零が…こんなにも近くにいるのに……。…やだ…、やだぁ……』
駄々をこねる子どものように泣きじゃくる。身体はもう言う事を聞かない。目の前の零も動くことが出来ず、苦し気に私の方を見つめている。
『…やっぱり…月なんてキライ…。綺麗な満月も…すぐに欠けて無くなってしまう…。あんなに綺麗なのに……幸せだったのに……それが過ぎたら…あとは……その頂点から堕ちていくだけ……』
こんなにも零は近くにいるのに、手も届かない。触れられないまま私は死んでいく。
息が苦しい。ふわふわと温かかった躰が少しずつ冷たくなってゆく。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
零に触れたい。罰だとしても、赦されなくても、世界中を敵に回したとしても、今、零に触れて、ずっと零の傍で生きていたい。
二人の吐息が混ざり合って地面に吸い込まれていくような錯覚を覚えた。瓦礫の下から何とか引っ張り出して動かした零の手が私の方へ伸びる。
「……月は……」
ああ、なんだか、とても久しぶりに零の声を聞いた気がする。
零が私に触れる。頬に触れる、大切な人が生きている証。
私はこの手をずっと。
「それでも…何度だって昇る…何度だって満ちるよ……」
熱い涙が零れた。自分の中にまだこんなにも温度をもったものが残っていたことに驚いた。
『れい、…の…手……』
頬に触れたこの手を忘れたくない。
視界がどんどんぼやけていく。白んでいくのか、黒くなっていくのか、認識がつかないくらい思考は既に機能していない。
「―――!!―瑠璃――!!」
零の声が遠ざかる。耳に膜が張ったように、濁って、遠く、遠く。
「―!!風見――!―やく、瑠璃を―――!」
ぶつん。と、私の世界は。
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