安室狂愛

□憂いを帯びた瞳
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ぱしゃぱしゃ

窓を叩きつけるような雨の音がする。
優しく、温かかったあなたの手。
あの日から、あの雨の日から何かが変わった。
あのまま、あの優しいままのあなたなら
今頃私……



「起きてください」

雨で薄暗い朝、とんとんと揺さぶられて目が覚めた。
ふと目が覚めた先に、自分を縛る悪魔が見えて吐き気がする。そして、快感に流されてしまった自分にも。

ぽい、とお腹の上に投げられる何か。投げられたものを見ると、皺の無い、いつもの制服。


「今日は学校に行きなさい。あまり休むとお友達も心配するでしょうし」

誰のせいでこうなったんだ、と言いたいのをぐっとこらえる。
二日も無断欠席だったから、蘭たち心配してるだろうな…。そういえば私の携帯はどこだろう。どこにも見当たらない。

学校に行く。
いつもの自由な生活。
逃げられるかもしれない…。

「今日、学校に行ったら帰りは自分の家に帰りなさい」

『…自分の家、ですか?』

此処に帰ってこなくてもいいことに少しだけ安堵する。
こんなところ、二度と来たくない。ましてや自分からこの家に帰るなんて…。

「僕が迎えに行きますから。僕が迎えに行くまでは家から出ないこと。いいですね?」

それから、と付け足す。

「逃げようだなんて考えないでくださいね。酷く扱われたいのなら逃げてもいいですけど」

心を見透かしたようにぴしゃりと吐かれる言葉に背筋が凍る。それもすべてお見通しなんだろう。冷たい笑顔のままニヤリと笑った。

「では早く身支度を済ませなさい。朝食は机の上に置いてますから」

そう言って自分の部屋に消える安室さんを見ながら、顔を洗いに洗面所に向かう。

顔を洗いながら、鏡に映った自分の姿を見る。憂いを帯びた、どこか諦めたような顔。意識しているわけではないが、心がそのまま表情にでているのだ。
頬をそっと撫でると、鏡に映る手首の縄の跡が目に入りどきっとする。
なんとかして隠さなくちゃ…。問い詰められて、それを切り抜けられる自信がない。

きっと私は泣き出してしまうだろう。そうなると理由を聞き出すまで絶対離してくれないだろうし、もし言って蘭や園子の家に匿われたら?
あの古びたアパートで一瞬で自分の意識が遠のいたことを思い出し、身震いをする。

食卓にはトーストと、ベーコン、卵、サラダと立派な朝食が並んでいた。この間もそうだったが、なんでこんなところだけ変に優しいんだろう。やっぱり、彼のしたいことが分からない。

久しぶりに制服を着ると、身が引き締まる思いがする。学生鞄はどこ?探していると安室さんの部屋のドアが開いた。

はい、と渡された学生鞄。中は二日前、学校にむかったときと同じである。その後に携帯を手渡しされる。
メールが3件、着信が2件入っていた。蘭からのどうしたの?という内容のメールと、着信。…あれ、もうひとつの着信は…、…新一?
どうして急に電話なんか…。後でかけなおしてみようと思い、鞄にしまう。

「工藤新一ですか…。そういえば電話が入っていましたね」

全部見ているのか。非難するように安室さんを睨みつければなんでしょう、と涼しい顔。
彼に電話をしてはいけませんよ、と言われ、ぱっと背を向け玄関に走る。どうしてそこまで縛られなくちゃならないの。

玄関にはきちんとローファーが並べられていた。それを履こうとするとぐいっと手首を引っ張られ、背中から安室さんに包み込まれてしまう。

『……急いでるんですけど』

不快感で思わず声がとんがってしまう。腕を思い切り押してみるが力では敵わない。
ぐりんと正面を向かされ、安室さんの顔が目に入る。冷たい、何かを押し殺したような、感情の無い顔。彼は何を考えているんだろう。そっと前髪を手で避けられ、安室さんの瞳にしっかり私が映る。

そっと唇に触れるだけの口づけをされる。顔を離すとさっと鍵で玄関の扉をあける。

「…いってらっしゃい」

さっとローファーを履いて家の外へとびだす。扉が閉まる間際、にゅっと傘が飛び出し、慌ててそれを受け取った。


マンションからでると、直ぐに見慣れた大通りが目に入った。また、酷い雨…。台風でもきているんだろうか。
大通りを歩きながら、ひとつひとつを思い出していく。

初めて会ったのは、ポアロで勉強しているとき。勉強を教えてもらったんだったっけ。
それから、クッキーを貰ったりして…。それであの雨の日か。
今思えばあんなすぐに家に呼ばれたこと自体おかしかった。普通は携帯を貸してくれるとか、ほかの方法でなんとかするだろう。自分だったら会って間もない人間を家に泊めるなんて…。うん、できない。

それに家は両親が出張中でいないからよかったけど…。そこまで考えてはっとする。

鍵を盗ったのは安室さん。でも、それで家に入れなかったのは両親がいないからで…。
…知っていた?私の両親が今いないことを?

さーっと体中の血の気がひく。
彼は探偵だし、頭も良い。それくらい調べることは容易にできるだろう。
でもそれにしては二日という時間はあまりに短すぎるんじゃないか。

“初めて会った時から気に入ってましたよ”

含みのある言い方が急に蘇る。あの時、私は喫茶店で会ったときのことだと思っていたけれど…。本当は、もっと昔、どこかで会っていたとか…。

自分のすべてを見られているような錯覚がして眩暈がする。今…、今、この瞬間だって見られているかもしれない。


ぽん、と肩を叩かれびくっと全身が強張る。
ぱっと振り向くと「おはよう、どうした?」いつもの笑顔で笑う世良さんが立っていた。


140726

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