安室狂愛

□言えない言葉
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プルルルルル…

夕方6時、急に家に鳴り響いた無機質な電話の音にドキッとした。
携帯じゃなくて、固定電話だ…。誰だろう?


『……はい、七条です』

「瑠璃か?新一だけど」


どくん。聞き慣れた声を聞いて、心臓が高鳴った。

『新一?どうしたの?』

「いや…、蘭からさ、瑠璃の様子がおかしいって聞いてたから心配になってよ…。オメー、大丈夫か?」

優しい声音に思わず涙がでそうになる。助けて、新一…。そう言いたいのをぐっとこらえる。

『大丈夫…。ありがと』

少し声が震えてしまったかもしれない。本当は話したいことがいっぱいあるのに、話そうとすればすれほど声が震えて胸がいっぱいになる。

「ホントか?オメーはいっつも一人で無理しすぎるから…。もっと俺や蘭達のことも頼っていいんだぜ?」

安室さんが彼の半分も優しかったらな…。ありがとう。大丈夫。心配しないで…。言わなくちゃ、と思うのに声がでない

「瑠璃?」

何も言わない私を不審に思ったのか、心配そうに声をかけてくる新一。

「どうした?おい、瑠璃!」

『………新一』

震えるな。震えるな。ぐっと拳に力を入れる。

『新一…は、怖くない?』

「何が?」

『いろんな事件で飛び回ってる訳でしょ…。それも、ひとりで。怖くないの?不安にならない?ひとりで敵に、犯人に立ち向かわなきゃいけないじゃない。普通の生活に戻れるかな、とか思わない?』

ゆっくりゆっくり、確かめるように言葉を紡ぎだす。

「…怖くねーよ」

『え?』

「俺には仲間がいる。確かに事件に立ち向かわなきゃいけないときは俺はひとりだ。でも待っていてくれる仲間がいるし、だから頑張れる」

『……』

「……瑠璃?」

『そう…だよね。あ…もう切らなきゃ』

声の震えが大きくなる。涙がでそうだ。切らなくちゃ。それにもうすぐ安室さんがくるかもしれない。

「瑠璃。もし、何かが怖いなら、それに怯えてるんなら、まずそれの、何が怖いのか、何が嫌なのか考えるんだ」

『何が、嫌か…?』

「ああ。そうすれば自分はどうしたいのか、どうするべきなのか、自ずと見えてくる。一番危険なのは感情に流されて正確な判断ができなくなっちまうことだ」

『……うん、ありがとう!新一…。新一も、無理しないでね』

「オメーに言われたかねーよ!…じゃあ、切るぞ?」

『うん。おやすみ。…はやく帰ってきてね』

「…ああ。おやすみ。あんまり思いつめんなよ」


ぷつり、と無機質な音が鳴った。
それと同時に溢れ出す涙。その場に座り込む。

何が、嫌か。何が、怖いのか…。

先ず行為をすることは嫌だ。自分が自分でなくなるような錯覚に襲われる。行為をするとずるずると安室さんに引きずり込まれるような…そんな錯覚がする。
怖い…。何が怖いんだろう。あの部屋に一人で閉じ込められること?…なにかが違う気がする。
分からない…。一体私は何に怯えているの?
色んなことが頭に浮かんでは消え去っていく。スッキリしない頭。纏まらない考え。今は取り敢えず、涙として流してしまおう…。

『…っしんいちぃ…っ』

助けて。本当はそう叫びたかった。
どうしてその一言が言えなかったのだろう。

『助けて…っう…っ新一…っ』

今更言ったって…。涙がとまらない。



ぐいっと急に背後から襟を掴まれ、ベッドに投げられる。痛い。今、一体なにが…。

『あ……』

痛む頭。震える身体。まさか…。恐怖の中、ゆっくりと視線を上げる。

「………」

狂気の瞳と視線が合う。

『…あ…むろさ…』

最早恐怖でうまく呂律がまわらない。どうしてここにいるの。どうしてなにも言わないの。

ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。視界が歪む。涙がとまらない。

逃げなくちゃ。

そう思ったとき、身体は既に動き出していた。逃げなくちゃ。なんとかして逃げなくちゃ。

身体の震えが止まる。安室さんにむかって走り出す。
急に向かってきた私に驚いたのか、隙ができた安室さんに蹴りをいれる。昔、蘭に教えてもらった護身術。
はいった。と思った。これで逃げられる。とりあえず蘭の家まで走ろう。
ふっと視界の隅に拳が見えた。え?そう思うまでもなくその拳がお腹にめりこむ。
痛い。あまりの激痛に、意識が遠のく。嫌だ!逃げなくちゃ…。身体の力が抜けていく。助けて、新一。そう叫んだと思ったが、声にはならなかった。



140727

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